音声獲得に関連する実験の例 - 趣味で学問

音声獲得に関連する実験の例

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目次

1.心理学、動物行動学で共有される考え方

言語獲得に関する心理学実験を一例紹介したいと思います。紹介する実験はその根底の考え方が、心理学だけではなく、最近の動物行動学の実験においても共有されています。その前提とは、馴れていないものには素早く、または長く反応する、というものです。

2.実験の仮説

実験はたいてい、先に考えた仮説があって、その実証のために行うものです。この実験の前に立てられた仮説は次のようなものです。

仮説1/r/と/d/は調音点が近く言い誤りが多いことから聞きわけが難しい。それに比べ/r/と/h/は調音点の違いが大きく聞きわけが容易である。
仮説2母語の母音を獲得する直前の生後5カ月、理解できる単語が少しずつ現れ始める9カ月、ある程度の発話が可能になる15カ月では、弁別能力に違いがある。

3.実験

3.1 実験方法

このページで紹介する実験は「馴化スイッチ法」と呼ばれているそうです。ざっと実験をまとめると、次の通りです。

  • 格子縞模様を写すディスプレイの後ろのスピーカーから「ラマク、ラマク、ラマク…」と流すと、子どもはそのディスプレイをじっと見つめる。試行を何度も繰り返すうちに子どもは馴れてきて画面を見る時間が減るので、今度は違う音の「ダマク」「ハマク」等の音声を聞かせると、音の弁別ができているならば、驚いてディスプレイを注視する時間が回復する。よって有意に注視時間が長くなった音声は、「ラマク」と弁別がついている。

もうちょっと詳しく説明すると下の手順となります。

  1. 実験の状況:ディスプレイの前で、子どもは母親の膝に座ってディスプレイの正面にいる。ディスプレイの下にビデオカメラがあり、ディスプレイの後ろにスピーカーがある。
  2. 試行:「ラマク、ラマク、ラマク…」と1種類の音声が繰り返し呈示される。1試行は14秒間。
  3. ディスプレイの後ろから音声が聞こえるので、子どもはディスプレイを見る。子どもがディスプレイを見ている間は音声に注意を傾けていると解釈して、14秒間中の注視時間を記録する。
  4. 2の試行を何度も繰り返すと、音声に飽きてきて画面を見る時間が短くなっていく。その飽きる時点がきたところで準備を終了し、最後3試行の平均をベースラインとする。
  5. その後、基準語に使った「ラマク」、1音のみ異なるテスト語の「ダマク」、「ハマク」、全ての子音が異なる統制語の「ワサズ」で上記と同様の試行を行い、ディスプレイを注視する時間を比較する。

3.2 期待する結果

2節の仮説1を実証してくれる実験結果は図1(a)のような形で、もし図1(b)のようになってしまうと、仮説1は不適当だったと判断せざるをえません。

仮説通りになって欲しいというバイアスにより観察結果が歪められてしまうという事態が起こりかねなくて、その危険性を排除するために、機械的に注視時間を記録しておくという方法が取り入れられていたりします。一見遠回りに見える方法、もっと詳細に直接観察すればよいのに、と思える方法が取られているわけで、その理由がここにあります。バイアスにより歪められてしまうというのは本当によくあることで、どの分野の実験でもバイアスを取り除くための工夫がされているはずです(自分が所属した情報処理分野でも行われていました)。それともう一つ、できるだけ自然科学的手法を導入したい、つまり数量化して示したいという理由もあります。

3.3 実験結果

著書に載っている実験結果は図2となります。

図2の結果の著者による解釈は次のようなものです。

  • 1.「ワサズ」と「ハマク」についてはすべての月齢群で注意が復活した。
  • 2.月齢間に差が見られたのは、「ダマク」であった。
  • 3.5カ月群においては、注意が復活した子どもの割合は「ハマク」で約70%、「ダマク」で約60%であった。
  • 4.以上より、発音上の区別が難しい/r/と/d/のミニマルペアの方が、区別のやさしい/r/と/h/のペアよりも、単語内での知覚はやや遅いと考えられる。また9カ月、15カ月になれば区別の難しい「ラマク」と「ダマク」の聞きわけも可能と考えられる。

正直、著者による解釈に問題があるように思えます。一見、図2からは「ハマク」も「ダマク」も弁別がついているように見えますが、上のように解釈されているのは、おそらく統計検定の結果、優位水準5%で帰無仮説を棄却できなかったためでしょう。5%という値に特別の意味があるわけではないので、統計検定ではそのあたりの考慮も必要だったりするのですが、いったんここでは置いておきます。

参照ページ:統計的仮説検定

問題は3の注意が復活した子どもの割合が突然入って来てることで、本来は実験設定の段階で図2と統合的に判断する旨を記述しておいて考察しないといけません。それと2について、図2を見る限りでは「ダマク」と「ハマク」の差がちょっとしか見えないので、そんな判断をしてよいのかわからないし、統計的に言えるというなら、その数値を示す必要があります。そしてこれらの問題含みの解釈をもとに、4の解釈をするのは無理があります。

3.4 実験結果を解釈しなおす

図2に対して、統計検定などは考慮せず、グラフの形状だけで判断してみます。

  1. ベースラインと統制語の「ワサズ」は月齢が増えるごとに減少しているので、この単純な試行そのものに飽きて反応が薄くなっていっている可能性が示唆されます。
  2. またベースラインの注視時間は月齢が増すと共に減少しているのに比べ、ベースラインに使用した「ラマク」をもう一度聞かせると注意がある程度復活するようです。各音声の弁別能を調べたいのであるから、各音声との比較はベースラインではなく「ラマク」と比較するのが妥当と思われます。
  3. 「ラマク」と比較して統制語の「ワサズ」が最も大きく注視が復活しているので、大きく異なる音声の方が注意が復活する、つまり弁別可能であると考えてよいでしょう。
  4. 「ラマク」に比べ「ダマク」と「ハマク」の双方ともどの月齢においても注視時間が大きいため、一音声のみ異なる「ラマク」と「ハマク」も弁別可能と考えられます。しかし「ダマク」と「ハマク」の差異はほとんど存在しないため、当初想定していた「/r/と/d/の弁別より/r/と/h/の弁別の方が容易だ」という仮説は支持できません。
  5. 月齢5ヵ月に対して9カ月と15カ月では、「ダマク」と「ハマク」共に若干ながら注視時間が大きいため、弁別能力は上昇している可能性が示唆されます。9カ月に比べ15カ月の方が注視時間が少なくなっている理由として、この単純な実験そのものに飽きるのが速くなっていることが影響した可能性があります。

個人的には、著者による解釈はバイアスに汚染されてしまっていると思います。こういうことが起こりうるので、著書を読む際には、実験結果に対して自分で解釈を行うことが必要です。

4.参照文献

  • 参照文献:小林晴美、佐々木正人編『新・子どもたちの言語獲得』第2章(大修館書店) 書評と要約

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と大学数学も入門を書く予定。いつの日か。

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