マルクスの哲学 - 趣味で学問

マルクスの哲学

共産主義思想や経済学思想で有名なマルクスですが、彼にはヘーゲル、シェリングとよく似た思考パターンが認められるようです。マルクスを形而上学者とみることはできませんが、彼の経済学批判は哲学的な基盤があってのものです。ここでは広義の西欧形而上学の批判者としてのマルクスを見てみることにします。

1.マルクスの自然主義

マルクスは1818年、プロイセン生まれで、大学で法学・歴史学・哲学などを学び、41年にイェナ大学で学位を取得しています。ユダヤ人には大学教授への道は閉ざされていたことから、新聞記者となって健筆をふるいます。パリに移住して雑誌『独仏年誌』の創刊(44年二月)に携わりますが、一号で廃刊になり、その発刊の直後から八月までのおよそ半年間に書かれたのが、のちに『経済学・哲学草稿』と呼ばれることになるノート群です。これらは遺品のなかからみつかっており、マルクスその人の独自の思想を読み取ることのできるものだと考えられています。

『草稿』でのマルクスの立場は、観念論でも唯物論でもなく、同時に両者を統一することのできるのが「自然主義すなわち人間主義」である、というものです。これまでの唯物論は、対象となるものをすでにあって変わることのない「客体」としてとらえていました。しかし自然とは変化しないものではなく、それ自体で変化することによって維持されるものといえます。そしてヘーゲルの言うように、人間は対象に働きかけ、その中で対象から働きかけられることでより高次の人間に成長してゆくという能動性を持っています。人の持つ能動性と働きかけられることで変化していく自然の動的側面が、従来の唯物論にはとらえられていませんでした。

逆にそういった動的側面を捉えたのがヘーゲル哲学の労働の弁証法です。しかしヘーゲルにおける労働の主体は抽象的な精神でしかなかったため、動的側面はあくまで「抽象的」に考えられていたにすぎませんでした。このように両者とも半面の真理しかもたないので、この二つの立場を統合し、ヘーゲルの労働の弁証法における抽象的な主体ではなく、実在的な人間に置き換えてみれば真理を見いだすことができると期待できます。

2.資本主義批判

マルクスの考えでは、本来は人間と自然は労働過程を通じてその本質を完成するような関係です。そのようなことが起こる理由として、人間が「類」として存在するとともに、自然と人間の間にも類的関係が存在するからと考えられていました。しかし資本主義において労働者は、類的存在である自然から切り離された工場の中で働き、自分の労働生産物を自分のものとして使うこともできません。本来そこにあったはずの弁証法的な高め合いが見られなくなってしまっています。

マルクスは労働者だけでなく労働そのものが労働の本質から疎外されたと考えているのですが、その原因に私有財産制を見ているようです。彼がなぜ私有財産制が原因と考えたのかははっきりしませんが、私有制を廃し共産主義社会を実現すれば、労働と人間の自然が回復されると考えていたということでしょう。

3.人間と生きた自然との間の弁証法

木田元によるとマルクスの考え方にはシェリングと非常に似ているところがあるそうです。

「労働過程とは、それ自体では混沌である自然がおのれ自身のうちに労働の主体を出現せしめ、それと自然の他の部分とのあいだに弁証法的運動を起こさせて、いわばおのれの本質を完成することだと考えてよいと思います。むろん、そうした自然は無機的物質などではありえず、生きた自然と考えざるをえません。」(木田元『反哲学史』第十章)。

近代形而上学の完成者と見られるヘーゲルには、そこには包摂しきれない生命論的な観点があるのでした。シェリングの「生きた自然」と同じように、ヘーゲルの労働の弁証法も、生成の原理を自己のうちに内包する自然という概念によって、成立し得たものかもしれません。そうするとこの思考パターンは、彼らがなんらかの影響を受けたロマン主義にあった一つの思考パターンなのだと考えられそうです。

関連ページ:同一性と差異

4.次代の経済学、社会思想へ

マルクスには経済学思想家と社会思想家としての顔もあって、今現在でも重要な視座を与えてくれています。たとえばケインズの「流動性選好」に、マルクスの「貨幣の物神性」と類似の思考をみることも可能と思われます。マルクス主義と呼ばれる経済学・社会思想の流派が存在しますが、必ずしもマルクスの考え方を的確に引き継いだというわけでもないようです。

参照文献1:木田元『反哲学史』(講談社学術文庫) 書評と要約
参照文献2:熊野純彦『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波書店)

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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