細胞システムの拡張(オートポイエーシス論) - 趣味で学問

細胞システムの拡張(オートポイエーシス論)

1.細胞システムと原核生物

オートポイエーシス論で始原的なシステムとして考えられているのは「細胞」システムです。この「細胞」システムは真核細胞をもとに考えられているのは間違いないでしょう。しかし最初に誕生した生命個体は原核生物なので、もしオートポイエーシス論的にも真核生物と原核生物に違いがあるなら、始原的なシステムは原核細胞システムとして考えるべきです。

自分は大学入門レベルの細胞生物学知識しかなくて、今回改めて細胞生物学の本を調べたのですが、原核生物の代謝や細胞維持についての記述がほとんどありません。詳しく書かれているのは遺伝子発現についてです。仕方ないのでネット情報を調べたところ、幸いなことに専門家の方の記述を見つけられました(これらについては2節で紹介)。それらのページによると、どうも細菌の栄養分の取り込みは増殖のためみたいで、細胞として存在するためではない感じです。エンドサイトーシスもエキソサイトーシスもやってないのでそれはまあそうなんですが。また別の資料になりますが、栄養の有無などで増殖が止められると細菌は死んでいくそうです。ということは細菌の場合は、各個体はすぐに死んでしまうので増殖することで生命としての連続性が保たれていると考えた方がよさそうです。

そうするとオートポイエーシス論における細胞システムの考え方が、原核生物でも適用できるのか疑問に思えてきます。このページでは原核生物の特徴を整理したのち、原核生物をこれまでの細胞システムで記述できるかどうか検討し、必要であれば新たな細胞システムについて考察したいと思います。

2.原核生物の活動

原核生物の代謝機能とか細胞維持機構については、大学入門レベルの本ではほとんど記述がありません。ネットで調べた結果、次のサイトに詳しい説明がありました。

  • 微生物学講義録(http://jsv.umin.jp/microbiology/
  • 日本生物物理学会Q&A(注:ページに辿りつけなくなってしまいました。)

原核生物システムを考える前に、オートポイエーシス論における細胞システムの定義を示しておきます。

  • 細胞システム:生体高分子の産出経路の閉域。構成素が生体高分子、構造が細胞膜などの細胞構造体。

かなり簡単に定義されていますが、ここには成立した生体高分子の産出経路によって、細胞が細胞として維持されている、という考え方が元になっています。

これに対して原核生物では次のような大きな特徴があります。

  • 細菌の栄養分の取り込みは増殖のため(栄養の有無などで増殖が止められると死んでいく)。

実際のところエンドサイトーシスもエキソサイトーシスもやってないようなので、代謝によって細胞が維持されるのではなく、個々の細胞は死んでも増殖により世代を超えて生命としての連続性が保たれている、と考える方が妥当そうです。実はチャンネル輸送で細胞壁成分を分泌しているとか、有名なラクトースオペロンのように無用とも思える多様な代謝経路を持っているとか、考察すべきことが多数あるのですがいったん置いて、原核生物システムを考えることにします。

3.個体ではなく世代を超えることによるシステム

2節に書いたように、細胞システムを考えるのは真核生物で可能なのであって、原核生物では増殖を含めて生命の連鎖をシステムとして記述した方が、オートポイエーシス論として整合性があると思われます。オートポイエーシスシステムではプロセスの閉域がシステムの本体なので、プロセスの閉域が成立し存続することが重要です。その個体は確かに死においてプロセスの閉域は消失しますが、細胞分裂による増殖によってプロセスは連続しています。そうすると個体で閉じて考えるよりも、世代全体でシステムとして考えるべきでしょう。この考え方には、ヴァイツゼッカーの「個体には死があるが生命には死がない」という考え方がよく当てはまります。

3.1 増殖と進化

システム論的に見ると、プロセスの閉域が形成され続ければそれでよいので、その個体として閉域が成立し続けるか、自分の形質を次世代に伝えて同型の細胞が生成されることで閉域が維持されるか、システムとしてはどちらでも変わらないかもしれません。安定してプロセスの閉域が存在できるのであれば、次の世代が前の世代と同型か、分裂ごとに形質が異なって猛烈に変化していったとしても、どちらでもよいでしょう。閉域がそんなに簡単に生成されないとすれば、同型性を維持することが閉域の存続に有効でしょうから、結果として遺伝子による同型性の維持の方が残ったということかもしれません。実際に遺伝子変異で生物進化も起こっているわけで、生物進化もオートポイエーシスシステムとして見れば、特別なことではないと思われます。

3.2 細胞システムの拡張

原核生物は環状DNAを持ち一つの複製起点から連続してDNA複製が行われる等の違いはあるのですが、原核生物と真核生物の間では細胞分裂に相違よりも類似点の方が多いくらいです。DNA複製の後の細胞の分裂は、真核細胞と同様に、細胞骨格による収縮環により細胞が分割されるみたいで、前の細胞との連続性があります。これらの点を考慮すれば、代謝による細胞の維持と分裂による細胞の(結果としての)維持も同様とみなして、細胞システムのときと同じ構成素と構造の設定でよいでしょう。

原核生物システムを新たに定義するのなら、2節に示した細胞システムの定義になにか加えたいところです。しかしここまで考えてきたように、システム論としてとくに加えたいことが見つかりません。したがって原核生物と真核生物、個体と分裂による増殖を含めて、定義は同じで補足を加えただけの次の定義が新しい定義です。

  • 細胞システム(個体維持と世代交代を含む):生体高分子の産出経路の閉域。構成素が生体高分子、構造が細胞膜などの細胞構造体。

4.異なる記述方法の可能性

原核生物も真核生物の記述も、細胞システムを拡張すればよい、という結論に至りました。一方で、他の補助的な概念でもう少し詳しい説明を与えられそうにも思えます。「生命現象のオートポイエーシス論的説明」ページにおいて、細胞分裂と生殖をシステム分化、遺伝や自己修復を遺伝コード、進化をシステム分化の際に生じる遺伝コードの構造的ドリフトで説明しています。しかしこれらは全て山下和也の考え方をそのまままとめただけであり、妥当性の検討さえしていません。これら生物学的概念を全体として、上記のオートポイエーシス論の概念による説明が可能か考察する必要があります。これについてはページを改めて考えることにします。

<< 世界像(オートポイエーシス論)

ホーム » オートポイエーシス » オートポイエーシス論の展開 » 細胞システムの拡張(オートポイエーシス論)

むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA