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一者の思考(新プラトン主義)

1.新プラトン主義の思想

プラトンの時代からだいぶ経って、ギリシア・ローマ系とヘブライ系の思考がお互いに混ざり合う時代に、新プラトン主義と呼ばれる思索を深めた人たちがいます。新プラトン主義と呼ばれる所以は、多であるものが一であることの説明において、彼らは「一なるもの」の実在を想定したためです。日本人的な思考では、「ひとつとしてある」、つまり動的に一つのものとして生成する作用として考えるところを、一者という実体が実在して「それ自体は多でもあるものが、一を分有することでひとつとなる」という感じで考えられています。「一」なる「イデア」が存在する、と考えたと言っていいでしょうか。

1.1 フィロンの旧約聖書解釈

フィロンは旧約聖書に対し、ギリシア哲学的な解釈を行いました。彼は旧約聖書の記述を二段階創造説で解釈し、「神は第一日目に「思考される世界」を、二日目以降に「感覚される世界」をつくった。」と考えたようです。一日目にイデアの世界で、二日目以降に現実世界(物理的世界)を作ったという解釈です。

二段階創造説を取ると、はじめに作られたのはイデアの世界なので、その後で時間が生成した、もしくは時間と世界は同時に成立したとも考えることができます。後の時代に、この神学的な時間論はアウグスティヌスが引き受けることになります。

1.2 一なる神

フィロンは「真に存在する神は多ではなく一である」と考えました。一般に存在するものは普通は「多」であると同時に「一」でもあります。時計なら多くの歯車などの部品のあつまりで一つの時計です。多細胞生物なら個々の細胞はいくらでも取り換えのきく部品にすぎませんが、その細胞の集まりが一つの個体です。一なる神を想定するならば、「多」であると同時に「一」であるもので身の周りの世界が満たされていることを説明しなければならないでしょう。

「一」なる「イデア」が存在するならば、「多」であるものはすべてなんらかの仕方で「一」を分有しているはずです。多のそれぞれの部分も一を分有し、多の全体も一を分有しているのだから、「一」なる「イデア」がイデアの世界から現実世界へと発出することによって、「多」でありながら「一」を分有することで一つとしてある、このように考えることができます。

一方、プロティノスは一そのものであるものを、「一者」(ト・ヘン)と呼びました。一者は存在より先にあるもので、存在するはたらきそのものです。一者のすべてを生み出すはたらきにより、「多」がひとつとして存在することになります。

1.3 教父哲学へ

プロティノスは皇帝ゴルディアヌスにしたがってパルティアに遠征し、皇帝が暗殺された後はローマで学園を開いたと言われています。彼らの思想は、教父と呼ばれるキリスト教の教義体系の整備に尽力した人たちに、受け継がれていくことになります。

  • 参照文献:熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店)

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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