佐々木正人『アフォーダンス入門』書評と要約
評価:
佐々木正人による「アフォーダンス」の入門書(のはず)、『アフォーダンス入門』の書評です。途中からアフォーダンスの言葉はちょっとしか出てこなくて、実質アフォーダンスから着想を得た佐々木の思想書です(褒め言葉です)。すごい重要なことが書いてあるのだけど、本一冊通してのまとまりはあまり良くないと思います。読みやすくて流して読めるのだけど、そうすると重要なことを見落としそうになります。そんなこともあって、評価はちょっと下げて3.5にしました。
佐々木は心理学者ですが生理学とか動物行動学の知識があるようで、生物学を包括して議論することのできる、数少ない心理学者の一人といってよいでしょう。この本は佐々木のそのような特徴が遺憾なく発揮された本です。自分で筋道をつけて繋がりを見つけながら読まないといけないですが、それが気にならない人になら、間違いなくお勧めです。分野は違いますが、ヴァイツゼッカー(もしくはその思想を敷衍した木村敏)の考え方と似ていると思うので、そちらの知識のある人にもよいと思います。
全六章構成で、下に章ごとの要約を上げておきます。
1. 各章ごとの要約
第一章 さんご礁の心理学
生きものが残した跡から、その生きものと周りとの関係を観察することができます。さんご礁を例にとってみます。さんご礁は、サンゴ虫の群体がつくる、炭酸カルシウムの骨の堆積物で、海水温、水の透明度、塩分の濃度、水流の速さなどの条件を満たす、約50メートル未満の浅い海だけで作られます。さんご礁のうち、「堡礁」や「環礁」では、陸地と数十キロも離れていたり、海の中に輪状に存在したりします。なぜ浅い海にだけに存在するはずのさんご礁が、そのような形状になるのか、謎が残りますが、有力な説は次のようなものです。大地の沈下に合わせて、沈下速度に十分ついていける速度でさんごが積み上げられるとき、結果として、そこだけ海面からほぼ同じ深さが保たれることになります。長い年月をかけて元の大地は完全に沈んでも、周りのさんご礁だけはその深さを保ち、それが環礁となって残ります。
このように生物の残した跡から彼らの活動を推測できるのと同じように、人のふるまいに起こっていることを見ることで、人のこころの活動を考えてみることができるのではないでしょうか。
第二章 生きものはこのようにはふるまわない
ミミズは長い年月をかけて、「地質学的力」を発揮して、その土地の形状を変化させます。それぞれのミミズは自らの生をこなしているだけなのですが、全体としては結果として地質学的な形状変化をもたらしています。ここではそれぞれのミミズの生を見てみます。
ミミズは味や匂いには敏感で、皮膚の伝わる振動などにも敏感です。そして皮膚の湿度を保つために、巣穴の穴ふさぎ行為を行う種類が存在します。ダーウィンが観察した種類のミミズは、巣穴の近くにあるいろいろなもので巣穴をふさいで夜の乾燥を防ぎます。穴をふさいでいる葉に対し、いろいろな条件を設定して実験してみると、ミミズは穴をふさぎやすい基部の方を選択して利用していることがわかります。どうやってこれが可能になるか考えてみると、反射や概念による行動が挙げられますが、様々な実験の結果、この方法では説明できないことがわかります。最後、試行錯誤の可能性が残りますが、これも人工葉を使った実験から否定されます。上のような実験からわかったことは、ミミズは葉の引き込みやすい場所を最初からくわえて引き込んでいることです。どのようにしてくわえる場所を選択しているのか、謎が残ります。
第三章 「まわり」に潜んでいる意味
行為のありのままを観察したギブソンは、新たな言葉「アフォーダンス」により、環境の中の意味を示そうとしました。アフォーダンスは「与える、提供する」を意味する英語の動詞アフォード(afford)から作られた言葉です。ギブソンによるアフォーダンスの定義は「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」です。ギブソンが発見したことは、生きものの行為はいきものだけからはみえてこない、そのまわりに起こっていることと一つとして考えないといけないということです。
動物が利用する光について考えてみます。動物は、身の回りでの反射光のネットワークから、大地のキメのパタンのような情報を見い出しています。例えば見えの拡大や縮小から、我々は「斜面」や「崖ぶち」と呼ばれる平面構造を読み取っており、それだけでなく、自身の移動や対象の移動をも読み取っています。このように動物は、静的な構造と動的な動きの両方を包囲光から読み取りながら、行動を決定しています。
第四章 知覚する全身のネットワーク
動物の行為は、自身の利用する情報を自身の動きで作り出すことでなされています。脊椎動物の身体制御システムは、すべての骨と筋が全体で一つとして働いており、道具と身体が一体となった運動で初めて現れる、慣性モーメントのような不変項を探し出して情報を得ていると考えられます。このように身体と環境との境界から、自身の行為によって意味を作り出し、それを探索することにおいて行為がはじまっていきます。
第五章 運動のオリジナル
植物も動物もオリジナルな運動を持っています。植物の成長に伴う回旋運動は、環境との接触によりオリジナルな回旋を変化させ、例えば「根は硬い土をさけて曲がり、最も抵抗の少ない方へ伸びてくる」という結果を生み出します。
アメリカの生物学者マイケル・ギゼリンは、動物の「ありのままの運動」を「ブルート・ファクツ」と呼んでいます。テーレンは、物へと手を伸ばすリーチングにおいて、子どもごとにあらわれるブルート・ファクツを観察しています。観察の結果は、それぞれの赤ちゃんでリーチングの発達の仕方は多様だというものです。テーレンは、リーチングのような行為の発達を、「イントリンジック・ダイナミクス(力学系としての固有性)」、つまり赤ちゃんの身体にはじめからある速度と運動傾向から考えるべきなのだ、と言っています。行為に対して観察できることは「はじまり」と「まわり」と「はじまりからの変化」のみです。さらに多様に変化した個体どうしは、相互に連関してより大きな多様性のプール(集まり)をつくりあげています。我々が観察できるのは、この多様性のプールと環境との接触からあらわれでるところなのです。
第六章 多数からの創造
我々は環境に対し、一つの身体ではなく、多数の動きの集合で出会っています。例えば複数の玉を同時に扱うジャグラーは、光も手の接触も、双方を利用して玉のサイクルに「多重に接触している」といえます。おそらくいくつものシステムを「共に働かせている」はずです。複数のシステムの働き方では、ある器官が加わったとき単純な多重化が起こるのみではなく、システム関係が組み換えられて、もとのシステムもシステム間関係も変化していると考えられます。今度は赤ちゃんの歩行の発達を観察してみます。赤ちゃんは「反射歩行」「蹴り」「トレッドミル歩行」「独立歩行」という四種の歩行を同時期に行っていて、異なる発達過程を持つこれら4つの「歩行のプール」から、実際の歩きのパタンがあらわれてくることがわかります。人間の行為も微小な行為のプールから選択されて成り立っており、自らの行為が作る見えの変化をもとに、そのときどきに現れる可能な微小行為を連結して最後の見えにまでたどりつくことで、その行為を完了しています。「ぼくらがこころとよんでいることの本当の姿は、この進行する多数との関係に起こりつつあることなのである。」
2.まとめ
要約をもとにこの本の主題を次のようにまとめることができるでしょう。
動物は環境から意味を読み取りながら行動を決定している。そしてその意味は、ありのままの運動を持ち多数のシステムの集合である身体が、自身の動きそのものによって環境との境界において作り出している。こころとはこの境界で起こっている、進行しつつある多数との関係のことである。
重要な情報が抜けすぎではあるんですが、こうしてまとめてみると佐々木の基本的な考え方がよくわかります。
上の要約からは除いてるんですが、佐々木による、一般的な心理学での考え方への批判が多々見られます。佐々木がアフォーダンスの語を導入したのには、心理学者としての事情があるようです。ただ私は別に心理学者ではないので、佐々木にとっては重大であった障害は、私にはそれほどでもないです。門外漢なのをいいことに、佐々木の思想の重要なところを取り出して、他分野と接続を試みる予定です。
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