コード再考 - オートポイエーシス論の展開 - 趣味で学問

コード再考

1.コードの再考

オートポイエーシス論において実体を考えづらい基本概念の一つがコードです。コードは「構成素のタイプと産出の順序を決める規則」のことでした。規則という言葉が一般に示すことがらはいくつかあって、人が主体的に守る倫理や、主体性を前提しない物理法則のようなものがあります。オートポイエーシス・システムは自律性を持ちますがこれは主体性と一致するわけではないので、オートポイエーシス・システム全体に当てはまる規則は、主体性を前提しない自然法則のようなものです。

物理法則ではすでに存在する法則を見つけることを主題とするのですが、生命現象や心的事象などは、すでに明らかにされている自然法則を用いても、物理法則のように明確な形では規則を取り出せそうもありません。オートポイエーシス論ではその理由を、規則(コード)そのものが産出プロセスの閉域形成の瞬間にその都度現れるためと捉えています。コードの概念が捉えづらい理由は、何がコードにあたるかは規定しても、コードが現れるとはどういうことかを規定できていないからと思われます。

1.1 自然法則とコードの類比

世界のはじまりとかは置いておいて、物理法則なら変わることなく現象を規定し続け、世界の移り変わりの様相を支配します。物体が自分の意志を持って自然法則に従うなどあり得ないので、自然法則とは、決まった仕方で物体に力が加わることで結果として世界の様相の変化が限定されることです。

ここでマトゥラーナの用いた喩えを使ってコードについて考えてみます。氷山の一部の氷が溶けて水の流れができたとします。この水の流れは重力に従って高いところから低いところへと流れますが、最初にどのルートを取るかはそのとき次第です。どの方向にでもルートができ得るわけではないですが、いくつもある候補の中から最初にそっちに水が流れたとか、氷がそっちに崩落したとか、些細な要因で最初の水の通り道が決まります。しかし一度そのルートを通って流れたら、次々と水がそちらに流れ続けて川となります。川という水の流れのルートを決定するのは、加わる力の大きさと方向を指定する物理法則と、可能性の中から具体的にそれに決定する地形です。オートポイエーシス論におけるコードも、このような自然現象を元に考えられないでしょうか。

水の流れを高分子の産出プロセスの閉域と見立てて、細胞システムと比較してシステムのコードを考えてみましょう。水がそのように流れて川となるのは、水のかたまりを形成させる自然法則と、結果としてその移動経路を決定する地形によります。細胞システムにおける高分子産出という流れは、量子化学的な法則によって高分子が形成されることと、高分子の変換経路が連接されていくことを可能とする環境によります。コードは構成素の種類と産出順序を決定するのだから、結局のところ、一度成立したシステムから排出された細胞膜のような構造が環境となって、いろいろな産出が可能な中から細胞高分子が産出されやすくなり、同時に産出順も自然ときまってくること、この可能性の限定をコードと呼んでいるように思えます。コードという言葉を使ったためにまるで新たな現象が新生されているように思われただけで、本当は可能性が限定されたがために特定の経路が結果として現れる、ということを、あたかもコードという実体があるかのように表現してしまっているだけかもしれません。

1.2 マトゥラーナによるコードの喩え

マトゥラーナによるコードの喩えをもう一つ紹介しておきます。

「まず私たちが二つの家をつくりたいと思っているとしよう。この目的のためにそれぞれ十三人の職人から成る二つのグループを雇い入れる。一方のグループでは、一人の職人をリーダーに指名し、彼に、壁、水道、電線配置、窓のレイアウトを示した設計図と、完成時からみて必要な資料を手渡しておく。職人たちは設計図を頭に入れ、リーダーの指導に従って家をつくり、設計図と資料という第二次記述によって記された最終状態にしだいに近づいていく。もう一方のグループではリーダーを指名せず、出発点に職人を配置し、それぞれの職人にごく身近な指令だけをふくんだ同じ本を渡す。この指令には、家、管、窓のような単語はふくまれておらず、つくられる予定の家の見取図や設計図もふくまれてはいない。そこにふくまれているのは、職人がさまざまな位置や関係が変化するなかで、なにをなすべきかについての指示だけである」(山下和也『オートポイエーシス論入門』第2章2節(1))

どちらのグループでも最終的に家は作られますが、オートポイエーシス・システムの喩えになっているのは後者の方です。後者のグループに与えられた本の指令がコード、職人が産出プロセスに相当します。一つ気をつけるべきことは、オートポイエーシス・システムでは、指令はシステムの作動によって決まることです。また、本の指令が同じでも、職人の配置が異なればできあがる家は異なります。そして職人の配置もその都度可能な中から決定されるので、システムの作動により決定される本の指令と職人の配置により、個別の様相を呈しながら「家」という形態や機能は保持されます。

1.3 コードとは

もう一度コードの定義を確認すると、「構成素のタイプと産出の順序を決める規則」がコードです。まず「構成素のタイプを決定すること」を再考してみます。産出される構成素は、細胞システムなら化学化合物、多細胞生命体システムなら組織・器官、意識システムなら表象(神経系の状態?)、社会システムならコミュニケーションです。多種多様な構成素からそのタイプの構成素が決定されるのは、多種多様な環境のうちでその状態ではその構成素が産出されやすいという、環境による可能性の縮減のためです。オートポイエーシス・システムは自分の成立可能な環境を自ら形成するのだから、一度作動したシステムによって同じタイプの構成素が自然と産出されやすくなることを、コードと呼んでいるのではないでしょうか。

理・工学系の人間は、物理法則のような厳格な規則があらかじめ成立していることで、現象が定まって継起すると考えがちですが、実際には一度何かしらの可能性の限定が起これば、事象の安定的な継起は普通に起こり得ることかもしれません。もちろん安定性の度合いはまちまちなので、すぐに壊れてしまう循環も存在するでしょう。生命の誕生には数億年、生命の発展は数十億年の年月がかかっているので、より安定して事象が継起する場合だけが今も生き残っているだけであり、長い生命の歴史により可能性の縮減が洗練されていること、これによって複雑な生命、ひいては意識や社会が成立可能な環境が維持され続けていると考えられます。一般の自然科学者には生命の歴史の視点が抜け落ちてしまっているかもしれません。上記二つのマトゥラーナの喩えは、生命の歴史によって生命が維持可能な環境が限定され続けていることを、歴史意識の薄い理工系の人間にも気づかせてくれます。

以上より、「コード」という概念が示す実質を次のように考えることができます。

  • コード:構成素のタイプと産出の順序を決める規則
  • コードの実質:一度作動したシステムによる自己環境形成により、多様な可能性からそのタイプの構成素に結果として限定されること。タイプの限定を引き起こす環境が成立しているので、構成素の産出順序も同時に限定されてくる。

関連ページ: システムのコード 

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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