小林春美、佐々木正人編『新・子どもたちの言語獲得』書評と要約
評価:
小林春美、佐々木正人編著の子どもの言語獲得に関する心理学書です。自分は佐々木正人に釣られて読みました。佐々木正人担当は最終章で、知見を統合して新しい視界を拓くといったことにおいては、この章が一番でした。でもその基盤となる知見も重要で、第9章までで各担当著者が自分の研究に関連する知見をまとめてくれています。
著者多数なので、各章ごとに文体とかばらつきがどうしても生じてます。考え方に納得のいかない章とかもちらほら出てくるわけですが、そこは本の構成から仕方ないでしょう。ただ全般的に、実験結果から結論を強く言い過ぎじゃないかとは思ってて、そこら辺が減点対象で評価は普通の3にしてます。もちろん貴重な知見を提示してくれているので、それだけで読む価値はありました。
章ごとのまとめ
章ごとに、どのような内容が書かれているか、簡単にまとめておきます。
第1章 言語獲得理論の動き
言語の生得性について、これまでの理論について述べられています。言語に何かしらの生得性が関与していることはほとんどの人が共通して認めているそうです。現在争点になっているのは「(1)それは普遍文法なのか、それとも一般的な生物学的基盤に属する能力なのか、そして、(2)言語に関する生得的な能力は言語以外の能力とは独立」しているかです。一つの考え方は、生得的能力は「環境からの入力への注意を促す基盤的能力に限定され、実際のデータ入力の蓄積こそが言語の獲得に重要な役割を果たす」とするものです。一方、トマセロに代表される、子どもが獲得するのは、ことばと世界の単純なマップなどではなく、相手の意図や視点を推測、確認しながら意図や視点を共有しあう、といった考え方もあります。
第2章 音声の獲得
各言葉の音や音の分節の仕方をどうやって覚えるかについてです。まずは連続する音声の分節の獲得についてです。連続する音声からの音の分節の仕方はプロソディー(音韻)や統計情報をもとになされています。実験や観察の結果から、子どもは話者と直接やりとりをすることで、相手の話すことばに注意を引きつけられ、それによって学習が進むと考えられています。発話、発音に比べると認識能力の方が早い時期に発達するようで、単語の意味が獲得された後では音の認識にそれまでとの違いが生じているようですが、詳細は今後の研究結果を待つ必要があります。
第3章 身振りとことば
この章は身振りについてで、身振りがことばの発達や認知の発達とどのように関係するかという内容です。「直示的身振り」と「象徴的身振り」に区別され、詳しく記述されています。
子どもはことばを使う前から、指さしを使ってコミュニケーションをしはじめます。ことばを使用しはじめた後も、指さしや象徴的身振りは語彙の不足を補うものとして使用され続けます。二語発話が現れるようになると、ことばが表現形態として独立したものとなっていき、子どもの身振りも独立して、成人の身振りに近いものに変わっていきます。しかし子どもの身振りは大人のものとは違って、身振りの対象となる空間と身振りが行われる空間の区別がつけられていないという特徴があります。この違いは認知発達の度合いと関係していると考えられます。
第4章 語彙の獲得
子どもの言語の獲得に必要なものは何か、そしてどのように利用されて言葉が獲得されているかについてです。言葉が獲得される場は十分でないにもかかわらずそれぞれの言葉が獲得されるので、語彙獲得初期で使える原理があるのではないかと考えられています。前半はその原理である3つの制約について述べられています。
後半ではトマセロの考え方が紹介されており、子どもは大人の意図をその様子からかなり正確に読み取ってそこから言葉を獲得しているらしい、と考えられています。さらに実験結果より、子どもが言葉の獲得をするときに、自分の可能な動作とかと結びつけながら名付けを行っていることが示されています。
第5章 文法の獲得<1>
この章は動詞の獲得においてどんなルールが存在するかについてです。日本語動詞の後に続く語の獲得、動詞と修飾語の持つ一定の関係、それぞれの動詞の文法的使用法の獲得のされ方など、具体的な調査結果が述べられています。それらの結果から導き出された考え方は、概ね次のようなものです。動詞の獲得は各動詞ごとに始まり、複数の動詞がまとまって部分的な共通性が、さらに統合されて一般的なルールが獲得される。ただし制約となる規則があり、人間が持つ生得的な行動傾向が制約となる。言語に関する規則の回路の発生には、「教育的働きかけ」(これを「社会的」と呼ぶ)と「内的能力(働きかけ)」(遺伝や成熟)が影響する。
第6章 文法の獲得<2>
助詞の獲得についてで、助詞の獲得に関する研究は、助詞の獲得の原理と獲得過程についての二通りがあるのですが、前者はほとんどないらしく、この章では後者の研究をもとに助詞獲得の原理を考察することが目指されています。まず助詞の誤用の具体例が詳細に記述されています。続いて誤用の理由が考察されていて、「ヲ→ガ」の置換誤用、格助詞ノの付加誤用の二つが考察の対象となっています。最後、終助詞ネの獲得の事例から、終助詞ネの獲得はまず模倣的に使用し、大人の反応からその役割に気づいた結果、自分から使うようになっていくと考えられています。
第7章 養育放棄事例とことばの発達
言語を獲得するための臨界期があるという仮説があります。虐待により、言語環境を生後13年間奪われて成長したジニーの例から考察がはじまっています。ジニーの言語の初期回復は順調だったのですが、5年間の記録からはきわめて不完全な言語獲得となったことがわかります。ジニーには言語だけでなく生活習慣と関連するような大きな特徴がいくつか見られ、一見、言語獲得の臨界期を指示するように見えますが、彼の生育環境の追求は曖昧であり、その結論を導くのは早計と考えられています。
次に、当時満6歳と5歳のときに保護された姉(F)と弟(G)の観察事例をもとに考察されています。救出後、当初見られた著しい遅滞は解消され、日常的なコミュニケーションでは言語の問題はなくなりました。ただし二人とも文章を書くのが苦手であるという特徴があります。言語獲得において、施設環境の乏しさによる獲得機会の乏しさが要因の一つであり、一方で、対人的環境条件も重要と考えられています。二人ともIQテストでは低いスコアを出したのですが、日常的な課題ではそれをらくらくとこなすことができました。初期の言語環境の貧困が、言語とは別種の認知能力の発達を促し、言語的知能の不備が代償されている可能性があります。
第8章 障害児のことばの発達
障害児における言語発達と認知発達の関係についてです。トマセロの考え方が紹介されていて、彼は、他者を意図的存在として知覚、認知することが、言語を含めた文化学習に必須と考えていたそうです。実際に、言語獲得につまづきを持っている子どもは、ことばだけでなく非言語コミュニケーションでつまづいている場合が多いそうです。
言語発達と認知発達の関係について、カテゴリーわけされた遊びと言語発達の関係に関する実験が記述されています。この章での結論をまとめると、自閉症児において、他者を意図的存在として理解する社会的認知能力の欠陥が、言語の獲得の問題をもたらしている、というものです。
第9章 手話の獲得
手話の構造と獲得について述べられています。手話の構造については、写真による具体例の紹介がしてあります。手話の構造は音声言語と同様の複雑さで、やはり音声言語と同じように音韻論(音は使わないが音声言語の音韻論と同じ分析レベル)、形態論(語形変化)、統語論(文法)を考えることができるとのことです。
親から手話を学んだ事例の調査結果から、手話の獲得の様子は音声言語の獲得と同様の特徴が見られるそうです。両親が健聴者のときのろう児の言葉の獲得では、手話との接触時期が遅いほど、要素の組み合わせによる文法的な能力が低いという結果が得られているようです。ろう児が手話を学ぶ前に使うホーム・サインでは、どのろう児においてもその身振りに独自の構造らしきものが生まれており親には見られないことから自ら作り出したものと考えられます。言語的に乏しい入力環境下において、子ども自ら言語的な構造を作り出していると考えられています。
第10章 「ことばの獲得」を包囲していること
アフォーダンス概念を用いて子どもの言葉の獲得の場について考えられています。子供が言葉を獲得するとき、その周りは大人たちに配置された、多種多様な「意味」に囲まれています。人間は長い時代を経てそのような「意味」に囲まれた環境を作りだしてきました。子どもがことばを習得するとき、まわりにある意味とのかかわりあい方が重要です。養育者が行うのは、子供との間で循環する働きかけにより、周りの世界に注意を注ぐ人へと子供を仕立てることです。その子どもごとに個別の環境との接触があるので、まずその現場に根付いた「個性語」を獲得し、その個性語が変化・発達していきます。さらに文法の獲得において、まず個別の動詞ごとに語形変化が現れ、一般的な動詞の変形規則はその後に得られます。「文法」は特定の場面と緊密に結び付いて、個性的に誕生します。
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