多賀厳太郎『脳と身体の動的デザイン 運動・知覚の非線形力学と発達』書評と要約 - 趣味で学問

多賀厳太郎『脳と身体の動的デザイン 運動・知覚の非線形力学と発達』書評と要約

評価:

この著作は人間の行動に関する心理学的知見を非線形科学で説明をつけようとする野心作です。ただまあ、納得のいかないところも多々あって、思考途中の段階で思想をまとめるところまではいってないということで、評価は普通の3です。20年前の著作でその後に新たな展開とかあればよかったのですが、この人の次の著作は出てなくて進まなかったみたいです。制御理論や生理学的な内容から心理学的な内容に移行すると理論が進展しなくなるというのは、この人に限らずよくある話です。

全体のまとまりはよくないですが、著作通しての流れはちゃんとあります。まず運動や行動に関するこれまでの生理学的な知見がまとめられて(第I章)、それを受けて身体と環境との相互作用による自己組織的な運動生成(第II章)、幼児の運動パターン生成(第III章)と、著者による考え方が続きます。第IV章は第III章と関連が深いですが、事例紹介と問題提起がメインです。第V章はこの本の簡単なまとめになっています。

章ごとのまとめ

章ごとにざっとどんなことが書いてあるかをまとめておきます。

Ⅰ章 運動と自己組織

第Ⅰ章は動物の運動に対するこれまでの考え方のまとめです。制御工学や非線形科学の分野でどう考えられてきたかがメインです。ウィーナー、ケルソー、シェーナーらによる、非線形な要素が全体として運動パターンを自己生成する考え方が紹介されています。それに続いて運動をどう実装したかが紹介されていて、フィードバック、フィードフォワード制御とその問題点である実際の身体の非線形性が考慮できていない点などが問題提起されています。Ⅰ章最後は運動の成立を生理学でどのように考えられているかが紹介されていて、ここで中枢パターン生成器(central pattern generator:CPG)による自己生成について説明されています。

Ⅱ章 歩行における脳と環境の強結合

自分を取り巻く多様な環境の中で、歩行とかの動作が適切に行えるのはどうやってか、という内容です。グローバルエントレインメント(大域的引き込み)と名付けられた、環境との相互作用で運動が自己組織化されるモデルがメインになっています。二足歩行モデルの計算機シミュレーションがなされていますが、あまり上手くいってない感じでした。モデルは非線形科学で考えられていて、アトラクターの安定性と歩行の成立の関係性などが考察されています。また二足歩行の力学的な問題設定もまとめられていて、非線形科学の考え方をどう接続するかも考えられています。最後、随意運動をどうモデルに組み込むかも考えられていて、実際の神経系よりも単純化されたモデルでのシミュレーション結果が示されています。あくまで「運動を引き起こす下行性の指令を含む機構をどう考えるか」という設定でのモデル化です。

Ⅲ章 身体の自由度問題と脳のバインディング問題

実際の身体運動のパターンがどのように生成されているか、いくつかのモデルと照らし合わせながら考察しよう、という内容です。新生児の歩行の観察などから、原始的な運動パターンがすでに成立していて、それが一度消失してから再びより洗練された形でパターンが現われる、という一般則が認められます。原始歩行におけるテーレンの考え方では、原始歩行が一見消えるように見えて実際には潜在していて、原始歩行は環境との相互作用の結果、自己組織化される、とのことです。著者は、生理学的機構での動的な自由度の凍結と解放によって、新たな生成パターンを説明しようとしています。

Ⅳ章 初期発達過程におけるU字型現象

Ⅲ章で示されたように運動パターンの発達はあるパターンが一度消失した後で変化して再び現れることが多く、一度消失した後で随意的な運動としてふたたび現れるものは、U字型の変化と呼ばれています。新生児にはジェネラルムーブメント(GM)と名付けられた全身による多様な運動が見られ、GMのダイナミクス(U字型発達)を非線形力学系で表すにはどうするか、という問題提起がされています。ただしこの問題に対する著者の解答が示されるわけではなくて、GMに関する具体的な実験結果が複数示されています。これらの結果を受けての著者の考えは、「新生児の運動と感覚とはある種の統合が成立しているが、大脳皮質のレベルで身体や外界の表象をもつために、身体や外界の探索を行い、その過程で一度システムの再構築が行われる」というものです。

Ⅴ章 脳と身体のデザイン原理

ここまでの簡単なまとめです。

追記

内容で密度が濃いのは生理学、物理学的な第Ⅰ、第Ⅱ章の方で、心理学的な性質が強まる第Ⅲ章と第Ⅳ章は、知見の紹介という点ではよいのですが、思想の展開という点では目新しいものはあまりないように思われます。もちろん知見を提供してくれるだけでありがたいですけど。

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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