今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』書評と要約 - 趣味で学問

今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』書評と要約

評価:

心理学の今井(敬称略)、言語学系の秋田による共著です。オノマトペに関する研究の紹介に充てた前半と、子どもの言語獲得についての後半の、二つのパートにわかれています。後半もオノマトペを例に使ったりはしてますが、両パートに直接の関係はないといってよいでしょう。前半のオノマトペの紹介は詳細であり、オノマトペに興味のある人にはよい資料となってくれるでしょう。後半の理論的内容の方は、正直言って新しさは感じませんでした。たとえば「ブートストラッピング・サイクル」という言葉が導入されていますが、丸山圭三郎の「言分け」の概念とほぼ同義だと思います。心理学系の人の本でよく思うのですが、よく似た考え方の本が参照にされてなくてなんかもったいないです。調べる文献が違えば労力を大分省けたのにな、と思います。上の評価3はそんな気持ちも入って少し低めの評価になってます。

下に、章ごとにざっとこんな内容、という感じでごく簡単に内容をまとめておきます。

章ごとの内容まとめ

第1章 オノマトペとは何か

オノマトペの定義は「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」です。感覚を写し取る点においてアイコンに似ていますが、アイコンが物事の全体を写し取るのに対し、オノマトペでは部分を写し取るという違いがあります。

第2章 アイコン性-形式と意味の類似性

オノマトペのアイコン性には、音に関する様々な特徴との結びつきが見られます。たとえば「あ」と「い」の発音時の口腔の大きさは「あ」の方が「い」よりも大きく、そういった身体感覚との結びつきにより「あ」の列のオノマトペの方が「大きい」をあらわし、「い」がその逆になる、といったふうにです。また、様々な言語のオノマトペが紹介されています。

第3章 オノマトペは言語か

言語に見られる特性として、コミュニケーション機能、意味性、超越性、継承性、習得可能性、生産性、経済性、離散性、恣意性、二重性の10のものがあります。オノマトペでは恣意性と二重性を満たしているか微妙ですが、その他は満たしているといえます。

第4章 子どもの言語習得1-オノマトペ篇

子どもが言葉を知るとき、オノマトペはある対象と音とに結びつきがあることを知る手助けとなってくれます。オノマトペはアイコン性、身体との接地の度合いが大きいので、目の前のあらゆる情報の中でどの対象や性質が今、その言葉で指されているかを知る手伝いをすることができます。

第5章 言語の進化

オノマトペの使用は生育につれ減少していきます。オノマトペのアイコン性は言葉と対象の結びつきを知るのに役立ってくれますが、その身体性により抽象的な意味の使用には向いていません。隠喩や換喩による新しい意味の派生により、抽象的な意味の新たな言葉が増えていきます。一方、アイコン性と恣意性の間において、新たな言葉をアイコンとして同様のサイクルを回すことで複雑な体系をつくっていく、という側面があると考えられます。

第6章 子どもの言語習得2-アブダクション推論篇

ある言葉を習得するときその言葉の一般化範囲も学ばなければなりません。たとえば「開ける」はドアや袋を開けるとは言えても、みかんは開けると言いません。これらの一般化範囲を習得するには、身体をもとにした記号と経験の対応が必要です(記号接地)。一度何か一つでもこの対応が成されれば、これをもとに新たな記号の接地が引き起こされ、語彙が増加していきます(ブートストラッピング・サイクル)。

また演繹、帰納、アブダクションの三つの推論のうち、言葉の習得においては必ずしも正しいとは言えないアブダクション推論を用いて新たな言葉を得ています。推論での誤りは、むしろ知識の創造に不可避なものといえます。

第7章 ヒトと動物を分かつもの-推論と思考バイアス

「AならばX」から同時に「XならばA」を推論するのは本当は誤った推論なのですが、言語の習得のときにはこのような双方向の推論を行っています。言語の習得前の0歳児でもこの双方向の結びつけを行っていることが示唆されていますが、他の動物、チンパンジーなどでもこのような推論はおこなっていません。ここに人間の言語能力の進化に関わるミッシングリンクがあるかもしれません。

終章 言語の本質

ここまでの内容を踏まえて言語の本質的特徴をまとめると、次のようになります。

  1. 意味を伝えること
  2. 変化すること
  3. 選択的であること
  4. システムであること
  5. 拡張的であること
  6. 身体的であること
  7. 均衡的であること

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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