古代原子論 - 古代 - 趣味で学問

古代原子論

1.多と動を含むアルケー:エンペドクレス、アナクサゴラス

エレア学派の問いは、同じものが変化するなどありえないのではないか、というものでした。現代を生きる我々において、あるものが変化していくことは当然のことと受け止められていますが、変化してかつてと異なっているのに同一であるとはどういうことか、と問われると返答に困ってしまいます。古代においてもそんな事情は変わらなかったでしょう。アルケー(はじまり、一なるもの)から多と動が生まれたと考えるのは自然な考え方ではあるのですが、そこから出発すると、エレア学派の問いに答えるのに何かしこりの残る説明になってしまいます。アルケーが他に別れ動を生むことで、世界の多様性があらわれるなら、そのときアルケーは変わりえないものではないことになります。では、アルケーはそれ自体は変わらず他と動を新たに生み出す、と考えることはどうでしょう。それは「神」の概念そのものでしょうが、神の概念ですべてを説明することは、思考停止と同義ではないでしょうか。

エンペドクレスは次のように考えました。例えば蝋燭が燃え尽きてゆくとき、「蝋燭をかたちづくるもとのものはそれ自体も蝋であり、たがいのむすびあいがゆるやかなときに液体となり、相互に避けあうかのように隔たってゆくとき、風に飛び、そのすがたが大気に紛れてしまうにすぎない。もとになるものは変わらない。たがいの位置と隔たり、むすびあい、はなれてゆくかたちだけが変化する」(熊野純彦『西洋哲学史 上』第四章)。彼の考え方は、「アルケーは多と動としてあり、変わることのないものの離合集散により我々への現れが変わるのだ」とまとめることができるでしょう。変わらないものを原子と考えれば、おなじものが変化するということを、化学的な変化で説明しているようにも考えられます。

もう一人、アナクサゴラスの回答を見てみましょう。「たとえば、ひとは他の動物の肉を食べる。そのことでひとのからだは成長し、肉が増え、毛髪が伸びる。そうであるとするならば、動物の肉には、人間の肉や髪となるべきものが、なんらかのしかたで内在していたと考える余地がある。動物の肉にふくまれるその要素は植物から、植物のそれは大気と大地から採りこまれたものだろう。全体(シュンパン)のうちに、すべてのものをがふくまれている」(同上)。今度は生命現象に対する思索で、エンペドクレスとほぼ同じ考え方と思われます。

彼らの考え方はこのページ冒頭の問い、「おなじものが変化することはありえないのではないか」の答えになっているでしょうか。アルケーとかリゾーマタ(根)とかシュンパンとかスペルマタ(種子)とか、それらは多と動さえもふくみ、離合と集散、混合と分離により、一つの同じものでありながら異なる姿で人の目に現れている。そのおなじものは生成も消滅もせず存在し続けるのであるから、おなじものが変化することなしに多と動も存在している。個人的にはエレア学派よりもこちらの考え方がしっくりくるのですが、なんだかちょっとはぐらかされたような気もします。

2.古代原子論:レウキッポス、デモクリトス

エンペドクレスやアナクサゴラスの考え方において、無限な微小なものが離合と集散、混合と分離を行うことで多と動として現れると考えるならば、彼らは現代の原子論的化学論で自然現象を説明しようとしたかのように見えます。本当にそうかは今となってはよくわからないのですが、アリストテレスによると、レウキッポスとデモクリトスが、原子論について一貫した議論を行ったそうです。そして古代原子論はやはり「ある」と「あらぬ」についての思考の流れの中で現れてきたようです。「「充実したもの」(プレーレス)とは、原子(アトモン)のことであり、固く、したがって分割できない。それはゼノン的な無限分割をゆるさない不可分(アトモス)なものである。原子にはもはや、感覚的な性質のさまざまが帰属させられることはない。むしろ、原子がさまざまな形態をもち、配列され、位置をもつことで、無限に多様な現象が生成する。原子だけが真にあり、「色」があり、また「甘さ」や「辛さ」があるのはたんに「約束」あるいは「習慣」(ノモス)においてであるにすぎない。」(同上)。原子を構成する電子、陽子、中性子がさらに分割できるかどうかは、量子力学者でない人間には見当もつかないのですが、レウキッポスやデモクリトスの考え方は、現代を生きる我々には化学的現象観そのもののように映ります。彼らの考えたことが我々と同じ考え方なのか、そして現代物理学者の説明が古代原子論を超えるものであるかどうか、本当は誰もよくわからないのかもしれません。

  • 参照文献:熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店)

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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