経験論の形成 - 近代 - 趣味で学問

経験論の形成

大陸合理論とイギリス経験論として、相反する形で語られることも多い二つの思想の潮流ですが、両者の間には交流があり、お互いに影響を及ぼし合っています。全く違うなどということはないのですが、確かにイギリス独自の思考が出てきていたのも確かです。このページでは、イギリス経験論の成立に大きく貢献したジョン・ロックの思想について、知覚や認識に関わる議論に限って見てみることにします。

1.発生論的な思考

ロックは医者であり、発生論的な視点と臨床的な経験知への志向を持っています。デカルトにおいては、すでに知性の成立した大人が考察の対象でしたが、ロックは知性が成立する過程にも目を向け、胎内にある子どもも、おそらく「欠如や不安」を感じ、「飢えと暖かさの観念」をもつのではないかと考えています。ここでの「観念」は思考対象全般を指す、かなり意味の広い言葉だと思ってください。そうすると誕生前に「いくらかの観念」を受容していると考えられますが、「「おなじものが、存在すると同時に存在しないことは不可能である」といった命題を、また、その根底にあるだろう「ひとしさ」といった観念を、子どもが胎内からたずさえて世界へと生まれでてくるとは思われない(第二巻第九章五節以下)」(熊野純彦『西洋哲学史 下巻」第3章)。

この命題や「ひとしさ」の観念は、「知性」と呼ばれるような高度に抽象化された概念を指すでしょう。ロックは同じ「観念」という言葉を使用していますが、「欠如や不安」、「飢えと暖かさ」は「感覚」や「知覚」や「表象」といった言葉で言い表されている心的状態だと考えられそうです。ロックは「いっさいは経験によって獲得される」と主張したとされていますが、胎児の時点ですでに成立する感覚をもとに、経験によっていっさいの「知性」が獲得される、と考えていたのではないでしょうか。

2.単純観念

ロックの発想の一つに、「第一性質」と「第二性質」の区別があります。人の有する観念のうち、あるものは単純で、あるものはそれら単純なものの複合である、と考えてみることもできそうです。デカルトの蜜蝋の分析では、蜜蝋の属性として残るのは延長だけでした。ロックは延長に属するとみなせるような性質が実在に対応する性質だと考え、それを第一性質と呼んでいます。次いで、蜜蝋を火に近づければ散ってしまう甘み、失せてゆく香り、移ろう色などが、第二性質と呼ばれています。そして第一性質である個体性、延長、かたち、可動性等が単純観念にふくまれるます。

3.観念連合

ロックは単純観念の複合体として複合観念を考えています。そして彼は複合観念を「様相」「実体」「関係」の三群に分類して、伝統的な実体の概念を批判しました。ロックによると、いろいろな性質を持つあるものがまさに複合的な一つのものとして現れるということに対し、ただ「私たちが慣れている」だけです。つまり一つの観念として束ねる基体など存在せず、経験により、単純観念を複合させて一つの複合観念として意識に現わしているだけだ、ということです。

しかし感覚により人が具体的に知覚するのは、たとえば蜜蝋(諸性質が複合された一つの観念)の熱さ(一つの単純観念)です。複合観念が先にあって、はじめて単純観念が分離されうるようにも思えます。むしろ性質がすでに分離してそこにある、と考えること自体が知性による抽象化で、このことが問題なのだとライプニッツは考えたようです。

参照文献:熊野純彦『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波書店)

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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