蔵本由紀『非線形科学』書評と要約 - 趣味で学問

蔵本由紀『非線形科学』書評と要約

評価:

日本の非線形科学の第一人者の一人、蔵本由紀による導入書にあたります。「非線形科学」をよく知らない人向けに書かれているので入門書といってもよいのだけど、全体の流れをまとめて理解してもらうことよりも、非線形現象に関わるいろいろな考え方を提示して研究の現場を感じてもらうことの方が主目的な気がします。それもあって自分で各章のつながりを見つけ出さないといけなかったりして入門とは言いづらいです。でも「非線形科学」初学者が最初に読むとよいであろう本であることは間違いないと思います。読みやすい本ではあるし自分自身は楽しく読めましたが、各章のつながりがわかりづらいところとかを考慮して評価は3.5にしてます。

全六章構成で、下に章ごとの要約を上げておきます。

章ごとの要約

第一章 崩壊と創造

世界においては、均一になろうとする方向に何かしらの流れが生じ、この流れを維持してそこから仕事を取り出し続けることで、ある構造(散逸構造)が作り出されている、と考えることができます。このとき内部から外部へ余計なものを排出することで非平衡状態が維持されているので、非平衡開放系と呼びます。確かに有機体はそのままでは均一化して構造が消失しそうで、生命はそれに逆らって構造を維持しているように見えます。

第二章 力学的自然像

対流現象の解析解を出すのは難しく、それとは別に、関係を変数とする抽象化された連立微分方程式を立てて、変数値の三次元空間中(状態空間)での点の移り変わりで熱対流を表現しようとしたのがローレンツモデルです。

散逸力学系では、状態空間の中ではアトラクターとよばれるオブジェクト(状態点の集まり)に落ち着きます。定常点、閉じたループ、カオス的アトラクター、トーラス(ドーナツ)がその代表的アトラクターです。ローレンツモデルではパラメータrがある値以上のとき、カオス状態と呼ばれる複雑な運動(状態空間上の運動)が出現します。

第三章 パターン形成

ベルーソフ・ジャボチンスキー反応(以後BZ反応)をもとに、物質の濃度の自発的な振動や興奮性という性質を示すシステムを考えます。BZ反応では、興奮子が二次元平面に広がっていると考えて、ある場所に小さな刺激を一定間隔で与えたとき、興奮子の興奮して元に戻るという性質により、同心円状に波紋が等間隔で広がるパターンが生成される、と考えることができます。

パラメーター変化による振動状態の現れをホップ分岐と呼びます。振動状態について、BZ反応の振動子と興奮子を活性化因子と抑制因子で置き換えた反応拡散系を考えることもでき、具体例としてチューリングパターンを挙げることができます。

第四章 リズムと同期

三章の振動子の話に続いて、振動子の同期について、そのメカニズムを円周上の等速円運動で表わされるモデルで考えます。二つの振動子の同期の問題を、円周上を周る二つの状態点の同期に対応させて考えることができます。二点の位相差によって大きさが決まる力が相互作用すると考え、二つの振動子の周期(速度)が同じ場合と異なる場合の両方において、また引力と斥力の両方において、二つの振動子が同期するメカニズムを示すことができます。このメカニズムは集団同期にも適用することができます。

第五章 カオスの世界

ローレンツモデルにおいてカオスと呼ばれる不規則な状態の遷移が現れる場合があります。三つの変数のうち一つを取り出してそのピーク点の関係を見てみます。n番目とn+1番目の値をプロットしてみると、山型の形が現れ、これは二つの状態の間を行ったり来たりすることを示しています。これはパイこね変換と呼ばれる、引き伸ばしと折り畳みの繰り返しで表現される変換規則で表現することができます。

第六章 ゆらぐ自然

自然現象には平均値からのゆらぎがみられます。その中で、広範に存在する自己相似的でべき法則性をもつタイプのゆらぎ現象が、いわゆるフラクタル的な現象です。一言でいうとフラクタルは入れ子構造のことで、フラクタルな性質を示す自然のパターンの例は、海岸線、雲、河川や毛細血管の枝分かれパターン、稲妻やひび割れ、銀河団の分布構造など多岐にわたります。

フラクタル図形はベキ法則で記述できる性質を持っていて、同様にべき法則で記述できるものにスケールフリー・ネットワークがあります。現実のネットワークの多くでは、一つの頂点から出ているリンクの数(次数)の分布が、ベキ法則に従っていることがわかっていて、このようなネットワークではごく少数のリンクしかもたない非常に多くの頂点と、巨大なリンク数をもつ頂点(ハブ)が小数個ながら存在しています。

追記

熱対流のローレンツモデルの話が第二章から第五章に飛んでたりして、最初読んだときつながりがよくわからなくなりました。今振り返ってみると二、三、四章で具体的な現象とそのモデル化を提示して、特に有名で非線形科学の基本となるローレンツモデルの規則性を五章で詳細に、という感じですね。第六章はフラクタルとスケールフリー・ネットワークで話が変わるのだけど、カオスのときと同様に規則性を見つけて記述できますよ、というのを示そうとしてこの構成になったのだと思います。本全体で、異なる非線形現象でも類似の規則性で記述できる、というのを示すための構成になってるのかなと思います。それから本のタイトルが「非線形科学」なので、要素の足し合わせには還元できない新たな性質が現れること、つまり創発が主題になってるわけですが、このことを本全体として統一的に示すことは上手く行かなかった感じがします。

この本読んで思うのは、物理学者の最大の関心は、共通する規則性を抽出して数学的に記述することなんだな、ということです。数学的に記述できるのと、それがどういうことかを説明するのはまた別なので、生物学系出身の人間からすると満足できない部分もありました。でもまあ、そこは自分が考えることの余地を残してくれたと思うことにします。

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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