オートポイエーシスの基本的な考え方 - オートポイエーシス - 趣味で学問

オートポイエーシスの基本的な考え方

オートポイエーシス論の基本的な考え方をはじめにまとめておくことにします。できるだけオートポイエーシス論の用語を使わずに説明したいと思います。特殊な用語はリンクを貼っているので、それらの言葉の意味が知りたい方はリンク先か概念定義のまとめページをご覧ください。

1.オートポイエーシス・システム

システムは「相互に作用する要素の複合体」のように定義できます。オートポイエーシス・システムも、要素が統一的に複合されたもののことであるのは、他のシステムと変わりありません。ここで「もの」という表現をしていますが、オートポイエーシス・システムは我々が認識できる「もの」を作り出すはたらきの閉域(連鎖して元に戻ってくること)のことで、おそらくここが他のシステム論に比べてわかりづらいところと思われます。

はたらきの閉域をもう少し硬い表現で言えば、「産出プロセスのネットワーク状連鎖の自己完結的な閉域」です。あるはたらき(産出プロセス)によって産出されたもの(構成素)が触媒になって、また次のプロセスによってあるものが産出されて、これが連鎖していきます。普通は途中で止まってしまうのですが、これが連鎖の途中でつながると、ぐるぐると同じような産出経路がたどられることになります。これが産出プロセスの閉域のことで、閉域が成立したそのとき、そのオートポイエーシス・システムが成立しています。

我々の目には、産出されたものが集まった構造体(構造)しか見えないのでそれがシステムとして現れてきますが、オートポイエーシス論では構造体を作り出すはたらきの方がシステム本体です。そうすると構造体はどう考えればよいのかという話ですが、これはむしろ産出プロセスが回るための環境です。オートポイエーシス・システム本体は産出プロセスの閉域なので、それが閉じられている間は結果として、自己(その産出プロセスの閉域)が環境から区切られ続けることになります。

2.オートポイエーシス・システム間の関係

上の定義から、オートポイエーシス・システムは自律性を持つことになります。自律的な二つ以上のオートポイエーシス・システムはどのような関係にあるかというと、お互いがお互いを環境として作動するような関係です。二つ以上のシステムが協働して新たなシステムができたとき(構造的カップリング)も同様で、元のシステム間でも元のシステムと新たなシステムの間でもお互いのシステムは環境にあたります。また元システムの協働から新たなシステムが成立したとして、そのシステムの要素(構成素)となるものは元システムそのものではありません。複数の元システムが関連し合うことで、新たな複合的システムの要素となるものが新しく作り出されて、それを作り出すはたらきが閉域を形成して循環し始めることで新たなシステムが成立します。

3.自己言及

オートポイエーシス・システムが作り出す構造体は、我々の目にはシステムそのものとして見えますが、実際にはシステムではなくむしろ環境です。環境無くしてシステムは成立し得ないので、オートポイエーシス・システムとは自己が維持されるための環境を自ら作り出している、という言い方もできます。「産出プロセスの閉域」がシステム本体で、結果として作られる構造体がシステムの維持を可能とする環境なので、オートポイエーシス・システムは環境に作用するとともに自ら作り出した環境からの反作用をも受け(相互浸透)て変化する可能性を持ちます。

このように自ら作り出した環境からの影響を受ける(自己言及)というのは、オートポイエーシス・システムにおいては普通のことなのですが、自分が作った環境による反作用を反映するような、新たな産出プロセスによるシステムを考えることもできます(言及システム)。この「自分が作った環境による反作用を反映するもの」の代表格は神経系で、神経系の作動による心的過程の成立を記述するための考え方の一つです。オートポイエーシス論により、意識や表象のような心的過程を説明できるのではないかと期待されたのですが、残念ながら神経系と心的過程が並行して現れるということ以上のことを記述することはできていません。

4.システムの図式化

言葉だけで説明されるよりは図式化した方が理解しやすいです。オートポイエーシス・システムの図式化は試みられてはいるのですが、共通して使われる図式はまだありません。

非線形科学で考えられた図式をもとにして、オートポイエーシス・システムを図1(a)のように描いてみます。

矢印が産出プロセスでそれらの連鎖がシステム本体、外側の円が結果作り出された構造体です。この図が悪いというわけではないですが、閉域が形成されたときにシステムが成立するという、ある種の個別歴史性のようなものが描けていないなど、誤解を招く可能性があります。

次に、複数のシステムが複合して新たなシステムを作り出す場合を、一つずつのシステムを簡略化して図1(b)のように示してみます。元システムを包含する形で新しいシステムを描きましたが、必ずしもそのような関係になるわけではありません。元のシステムも新たなシステムも環境として影響しあうということが、この図からは読み取りづらくなっています。

以上のように、簡略化すると誤解を生みやすいのですが、だからといって詳細に書き込んでしまうと煩雑過ぎて情報を読み取れなくなってしまうでしょう。そんな事情もあってか、最近は図式化そのものが試みられなくなってきているようです。

4.三つのシステム

オートポイエーシス・システムの適用が試みられるのはおおよそ、「生命」、「意識」、「社会」の三つです。生命では細胞体を一つのシステムとして、それらが複合した新たなシステム(図1(b)の形式)が多細胞生命体と考えられています。意識などの心的過程は、神経系という多細胞生命体システムの一要素が、多細胞生命体システムの構造体である身体の状態を反映することで成立する、と考えられている場合があります。社会においては、個々の人間というシステムの間にコミュニケーションと呼ばれる関係性が成立して、コミュニケーションが要素となって連鎖の閉域が成立するとき(図1(b))、それが社会として現れる、というふうに考えられています。

オートポイエーシス論はもちろん、現実に見られる現象に具体的に適用するために考案されたものですが、その適用においてはいまだ発展途上の状態にあります。

5.注意点

最後に誤解されやすいところについて、注意点を示しておこうと思います。最も誤解されやすい、または理解が難しいのは次の二点です。

  1. 自己が自己を産出する。
  2. システムには入力も出力もない。

まず1について、オートポイエーシス論は「自己産出」という言葉で示されることが多いです。「産出プロセスのネットワーク状連鎖の自己完結的な閉域」がオートポイエーシス・システムの定義なので間違いとは言えないのですが、産出される構成要素や構造体はシステムそのものではなく環境なので、あまり適切な表現ではありません。そのシステムはそのシステム自身を産出するのではなく、そのシステムが維持可能な環境を産出することで結果として自己が区切られている、と考える方が元の含意を上手く捉えているでしょう。

次に2については、入力と出力をわざわざ考える必要はない、と考えた方がよいでしょう。そもそも入力と出力は、人間がある目的を持って作った機械に対して適合的な概念で、システムを考えるときに必然的なものというわけではありません。また「入力」と「出力」は、システムの外から内へ入ってきて、システムの内から外へと出ていくものです。内と外を考えやすいのは人間の目に見える構造体の方で、オートポイエーシス・システム本体である産出プロセスの閉域においては、その内と外がどういうものか考えることが難しいです。オートポイエーシス・システムでは内と外を考えることが難しくて、さらに入力と出力を考えることが必須ではないのだから、わざわざそれらについて考えなくてよいと思われます。

難解と言われるオートポイエーシス論ですが、抑えるところを抑えてしまえば、それほど理解は難しくないでしょう。大まかな流れは、このページに示した情報で十分理解できると思います。

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むつきさっち

物理と数学が苦手な工学博士。 機械翻訳で博士を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。 でも物理と数学も入門を書く予定。いつの日か。

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