1.評価
評価:
2年前ですが、現時点で大澤真幸の最新の著書にあたります。本の内容を一文で表すと、日本人が未来の問題に対して関心が薄い理由は終戦前後での過去の我々との断絶なので、過去の我々との関係を回復すると共に別れを告げる方法はないか、という感じの内容でした。結論から言うと、求めていた「我々の死者」は得ることができずに終わってます。一般の人の感覚からすると、可もなく不可もなくだと思うんですが、この人の文体とか議論の展開の仕方が自分の波長と合うので、かなり楽しめました。
現在の右傾化と呼ばれる時代で、その時代背景を与える心性とそれを解きほぐす手がかりを与えてくれていると自分は思ってますが実際はどうでしょう?ただまあ、刺激的な論考を提供してくれているのは間違いないです。大澤の悪癖というか(それが魅力と感じる人もいるはず)、数学や物理学を用いた比喩がさして論考の助けになってないのは、この本でも変わらずです。でもこの本ではちょっとだけですし、気が向かない人はそのあたりは読み飛ばせばよいだけなので、個人的には一読をお勧めしたいです。
2.全体のまとめ
先に目次で各章でどのようなことが書いてあったか示しておいてから、全体の内容をざっとまとめることにします。
2.1 著書の目次
目次から各章の部分を引くと下となります。
- 第1章 <死者>を欠いた国民
- 第2章 トカトントンは鳴り響く
- 第3章 二段階の哀悼-その意義と限界
- 第4章 仮象としての大衆
- 第5章 青みどろだけがいた
- 第6章 スロウ・ボートは中国に着いたか
第1章が問題提起で、第2章以降は思想や物語から<我々の死者>を探す思索の旅が続きます。第2章が太宰、第3章が加藤典洋、第4章が鶴見俊輔と吉本隆明、第5章が司馬遼太郎、最後第6章が村上春樹です。その他、安彦良和や「鬼滅の刃」など、多数の作品や作家が紹介されています。
2.2 全体のざっとしたまとめ
以下、著書全体のざっとしたまとめです。
日本では環境問題などへの関心が低く、これは<未来の他者>を持てないためです。そしてその理由は現在の日本の礎となった<我々の他者>を昭和の初めに見出すことができないためです。
戦後の日本人は<戦争の死者>を見捨てて西欧の価値観に飛び乗りました。このことは今の我々の価値観も簡単に捨て去られるようなものでしかない、という可能性を残してしまいます(トカトントンの音がきこえる:第2章)。<我々の死者>を取り戻す必要があるわけですが、そのためにはまずアジアの被害者への謝罪のまえに、日本の戦死者への哀悼が必要だと加藤典洋は考えています。日本の戦死者への哀悼と共に、彼らの考えを否定せざるを得ないのだから、そのことを謝罪することにより、かつての日本人の罪を身に受けることを行わなければなりません。そうしなければ、かつてのアジア人への罪を他人事として謝罪を行ったつもりになるだけだからです(第3章)。
こうして我々は戦時の死者たちと連続し、かつその関係を絶たなければならないことになります。戦前の<死者たち>に現在の我々の価値観につながる契機を見出せれば、このことが可能なはずです。鶴見俊輔は「私」の中核、庶民や民衆の中に、国家に抗う「普遍人」としての心性を、また吉本隆明は原像としての大衆を見出しています。これらは<我々の死者たち>として実在してはいません。しかし吉本の用いた、井の中の蛙は井の外に虚像をもつのではなく、井の中にあることで井の外につながっている、という「井の中の蛙」の喩えがヒントを与えてくれます(第4章)。
司馬遼太郎は現在の日本を作り出したと思えるような人物を、小説によってつくり出そうとしてきました。しかし昭和初期の時代の物語だけは描き出すことができませんでした。他の書き手による昭和初期の物語、例えばノモンハン事件を題材にした物語の場合、主人公は日本人たり得なかったり、架空の都市を舞台にしたり、日本軍を敵対勢力とせざるを得ませんでした(第5章)。
唯一、ノモンハン事件を現在の価値観を介入させることなく描いた作家に村上春樹がいます。村上は井の中を通じての「壁抜け」のアイディアにより、日本人により処刑された中国人を反転させた、中国人により処刑された日本人をもって日本人の罪の償いを示唆しています。
『ねじまき鳥クロニクル』の主人公は、革命家として新しい未来の到来を信じているからこそ、他人とは異なる過去をみることができたといえます。この二つのことは別のものではなく、同じものの二つの側面です。ガザ戦争のように、かつての日本が犯した過ちを体現するかのような戦争に対し、日本が仲介者としての役割を積極的に担うことができたとしたら、結果的に、<我々の死者>は<未来の他者>へと接続されることになるでしょう(第6章)。
3.追記
上のまとめは自分が強引にまとめたものなので、ところどころ自分の言葉の使い方になったり、話のつなぎ方が恣意的になったりしてる部分があります。そこはご了承いただくとして、全体の話の流れ自体はかなり正確に写し取っていると思っています。この本の結論は、日本人が未来へと自発的にコミットするために必要な<我々の死者>の回復が、よりよい未来へと自発的に行動することによってしか成し得ないと言っているも同然なので、問題はかけらも解決していません。大澤がそんなこともわからないはずはなくて、わかった上で、この結論を書き記さずにはおかれなかったのでしょう。
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