斎藤環著+訳『オープンダイアローグとは何か』書評と要約

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1.評価

評価:

ざっくり構成をまとめると、オープンダイアローグの紹介があり、その基になった理論の紹介というか分析が続き、最後にセイックラ教授による論文3本の日本語訳が載っています。よくまとまっているけど、何か物足りない感じもあります。紹介という観点からこれくらいの方がよいと思うんですが、私個人の評価ということで、評価は普通の3にしました。ちなみに後ろの論文より斎藤の記述の方が読みやすかったです。

本全体の要約を下に上げておきます。

2.要約

オープンダイアローグとは何か、一言でいうと、対話による主体性の回復です。対話は意見の集約や何かの合意を得るために行うのではなく、対話の過程から一種の”副産物”のようにして治療がもたらされます。オープンダイアローグの対象は主に発症初期の精神病ですが、統合失調症に限定されているわけではないです。

実際の進め方を示しておきます。依頼を受けたら即座にチームを結成して、24時間以内にミーティングを行います。参加者や場所は割と自由ですが、治療スタッフは3年間の家族療法のトレーニングを受けています。そして必要がない限り、行うのは「開かれた対話」のみです。治療に関する決定は対話の場でのみ行われ、決定には本人がかならず関わります。原則薬物は使いませんが、保険として薬物使用と入院も認められています。

臨床の場での注意点を記します。オープンダイアローグの目的は対話を生成していくことなので、客観的な正しさよりも、対話を続けていくための問いかけを行うことが重要です。このときに、相手を一人の個人として尊重する必要があります。

オープンダイアローグの理論的枠組みは、三つの詩学「poetics」で記述されます。詩学の一つは「不確実性への耐性」です。最終的な結論が出るまで診断を下さないので、家族、治療者ともにあいまいさに耐えなければなりません。二つ目が「対話主義」です。精神疾患を発症した人の感じる恐怖は言語化不能なもので、対話による言語化の効用を用いて、病的体験を自分の人生に再統合することが結果としての治療につながります。病的な体験が言語化されるような、開かれた問いが必要です。三つ目は「社会ネットワークのポリフォニー」です。オープンダイアローグでは対話の継続の結果として治療がもたらされるのですが、治療をもたらすものは「複数の主体」の「複数の声」によるポリフォニーです。対話というシステムの外部から介入するのではなくて、システムの作動に治療者自身が巻き込まれることで、作動の状態を(結果として)変化させると考えることができます。

オープンダイアローグはポストモダン思想の重要な発展形であり、デリダ、ドゥルーズ=ガタリ、ベイトソン、そしてオートポイエーシスを基礎づけとして持ちます。ここではオートポイエーシスについて簡単に示します。オートポイエーシスの特徴として(1)自律性、(2)個体性、(3)境界の自己決定、(4)入力も出力もない、の四つを挙げることができます。「結晶」を例に挙げると、結晶生成のプロセスがシステムの構成要素であり、生成プロセスの集合がシステム本体です。結晶はむしろシステムの廃棄物であり、作動の結果として積み上がっていくにすぎません。オープンダイアローグでいえば、対話の継続がシステム本体で、”廃棄物”のようなものとして、結果として治療がもたらされます。

本書に収録した論文についても説明しておきます。オープンダイアローグの入門にあたるのが「精神病急性期へのオープンダイアローグによるアプローチ-その詩学とミクロポリティクス」です。オープンダイアローグの技法、背景にある考え方、実施状況とその成果などがわかりやすくまとめられています。二本目に載せた論文「精神病的な危機においてオープンダイアローグの成否を分けるもの-家庭内暴力の事例から」は、具体事例をもとにした対話の方法の論文です。この論文では成功例と失敗例を比較しながら、対話の中身に対する質的な検討を行っています。一言で要約するならば「モノローグよりもダイアローグを!」となるでしょう。最後三つ目の論文は「治療的な会話においては、何が癒やす要素となるのだろうか-愛を体現するものとしての対話」です。この論文から、「身体性」や「感情」こそが、言語を共有するための前提としてきわめて重視されていることがわかります。

ここまでオープンダイアローグの有用性を提示してきましたが、日本への導入には障害が大きく、日本で一般化するには早くて数十年を要すると推測されます。日本での精神科医による抵抗とは別に、オープンダイアローグが西ラップランド地方の文化と深く結びついた、地域特異的な手法である、という懸念があります。セイックラ教授はそうした特異な治療共同体ではなく、マニュアル化の方向を目指しています。オープンダイアローグの方法論的な普遍性も含めて、状況の推移を見守っていく必要があります。

3.追記

上の要約は、章ごとの要約といった形でまとめるのが難しくて、自分の解釈をもとにちょっと組み替えて書いているのでご注意ください。

オートポイエーシス論的に、対話の継続が本体で結果として治療がもたらされる、とされています。こういう風に、ある分野での事象をオートポイエーシス論的に解釈する、というのは自分がやろうとしていることでもあるので、ここら辺は参考にしたいところです。

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微分係数

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1.微分

最も利用されている数学分野の一つが微分積分です。微分と積分は逆操作の関係にあり、微分の方がはるかに計算しやすいので微分から学ぶのが普通です。微分は関数全体の概形がわかっているときに、局所的な傾きを取り出す操作であると思ってもらってよいです。全体から部分を取り出すので、部分から全体を推測する積分よりはるかに簡単なのは納得がいきます。

2.微分係数

「微分する」というのは関数の導関数を求めることなんですが、まずはそのもととなる微分係数から説明します。微分係数は、その関数のある点における接線の傾きを近似的に表現したものです。最初に定義式を書いておきます。

\begin{align} 関数f(x)においてx=aのときの微分係数f'(a)は\\ f'(a)=\lim_{b \to a}\frac{f(b)-f(a)}{b-a}\cdots①\\ または\\ f'(a)=\lim_{h \to 0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h}\cdots② \end{align}

①と②の式は少し形が違うだけで意味は同じです。ここでは①の方で式の意味を説明します。まず(f(b)-f(a))/(b-a)は中学で出てきた変化の割合です。図1(a)のように点Aと点Bを結んだ線分の傾きにあたります。

ここで初めて出てきたlimb→aは、bを限りなくaに近づけるけどaと一致はしませんよ、ということを意味しています。bをaに近づけていくと図1(b)のように二点AB間の距離が縮まっていきます。そしてbがaのすぐ近くまで来ると、ほぼ点Aにおける接線と見分けがつかなくなります。というわけで、f'(a)はx=aのときの関数f(x)の接線の傾きを意味しています。②の方は二点間の幅b-aをhに置きかえたもので、図2のようになります。①と②どちらの定義式を使ってもらってもかまわないですが、どちらかというと②の方がよく使われます。

導関数 >>

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大村敏介『本能行動とゲシュタルト知覚』書評と要約

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1.評価

評価:

最近はほとんど取りざたされる機会のない、ローレンツの動物行動学とゲシュタルト心理学について考察された本です。どちらも非常に詳細な動物観察をもとにして考案された考え方ですが、それが故の煩雑さもあって、忘れ去られるどころか誤解されて広まってしまっている状況です。ローレンツらの動物行動学もケーラーをもとにするゲシュタルト心理学も、今になってみると不適切とわかる考え方を含んでいるのですが、今なお深い洞察を与えてくれるものであることは間違いありません。この本は、その双方の問題点を含め、その概要を説明するとともに両者の収斂を図った力作です。

良作であるのは間違いないんですが、文体が自分に合わないのか、内容の理解に苦しむところもたくさんありました。多数の動物行動学者および心理学者の知見をまとめ上げた労作であるがゆえに、本全体の流れを掴むのは難しくなっている印象です。著者による本の目的は、ローレンツの本能行動概念の説明と、ゲシュタルト心理学との収斂が可能か探ることと述べられています。しかしその結論そのものよりも、大村によるそれぞれの思索の解釈の方が重要な情報を含んでいるように思えます。

2.章ごとのまとめ

章ごとにどういう内容か、簡単にまとめてみます。

第Ⅰ章 序論と課題の限定

動物行動を観察する場合、その原因を考察することになります。行動の因果論的説明においては、因果系列の始発項が外か内かにより、大きく二通りに区別することができます。「刺激-反応の図式」は例えば膝蓋反射のような「外からのアプローチ」で、「再求心性インパルス説」は「内からのアプローチ」にあたります。また、神経系という物理的構造の状態と平行して心的現実が現れるとする立場を「平行論」と呼びます。心的現実と物理的現実の平行性を考えるには、行動の内部原因を「動力」とか「エネルギー」とか「物」の次元で考えないといけません。

第Ⅱ章 ローレンツの本能行動説

まずⅡ章全体は「本能行動と目標指向的行動の間に移行は成り立たない」とするローレンツの考え方を確認することが目的です。本能行動は系統分類学的に発展したもので、種固定的で経験による変化を蒙りません。個体の経験は本能行動の変化ではなく、本能行動間でそれらを接続するのに利用される(本能・訓練連接)、と考えられます。確かに本能行動は反射的過程ではあるのですが、それだけでは足りなくて、志向されるという主観を伴う行動として考えないと説明ができません。

第Ⅲ章 系統発生的適応と経験(学習)による行動修正の可能性

この章は学習と呼ばれる過程のうち、単純なものから高等動物における複雑なものへと順に記述されてます。高度に複雑な計算装置は学習により変化せず、学習が起こる行動内の場所は決められています。「慣れ」、「刷り込み」についての具体的な記述があります。高等哺乳類の「学習」においては、終末事態において経過する運動は、訓練づけ的作用をもつことが確認されています。

第Ⅳ章 生得的解発図式の独自エネルギー(活動特殊エネルギー)とその機能的特性

この章は生得的解発図式の機能的特性についてです。生得的解発機構の機能は、経験なしで適応的な行動を起こさせることです。生得的解発機構は外因性と内因性の両方に規定され、さらに量的性質と標識間の関係の両方において、ゲシュタルト知覚との相違と類似を持ちます。

第Ⅴ章 解発体の構造と機能

まず生得的解発機構が同種内でのシグナル機能を担うように、刺激の受容と発信の装置が共に分化した、という内容です。さらにそこから分化した生得的解発機構があって、本来の運動様式から偏倚した方向へ分化しているので、形式化した意図的運動と呼ばれている、と続いてます。

第Ⅵ章 活動特殊エネルギー説の検討

本能行動は各要素的運動が、あるパターンをもって体制化するので、体制化全体に対して生得性を考えることができます。活動特殊エネルギー説は外因性、内因性の双方の準備態勢を仮定していて、この仮説に必要な本能運動の中枢性の自律性はすでに実証されています。その機構として特殊興奮のようなものを想定せずとも、全興奮の制御ならびに分配と、特殊求心性インパルス(再求心性インパルス)とによってもたらされた結果とみなすことも可能です。

もともと活動特殊エネルギー説は、動物行動の秩序だったかつ多様な構造化を説明するための概念で、それらが一つの全体像として総合されるための解釈図式として、それぞれ活動特殊エネルギー説やヒエラルヒー図式が考え出されています。

第Ⅶ章 ゲシュタルト知覚の卓越した認識機能

神経装置による知覚的報告そのものが、知的な類推と比するほどの機能を有しています。生理的なものと心理的なものという通約不可能な境界は、高次と低次ではなく生命現象全般に当てはまります。

われわれの知覚においては、意識に昇るのは最終的な帰納の結果のみで、帰納の基礎となるような個別的末梢的報告を意識することはできません。興奮伝達の刺激流は、ある意味で中心化していて、その意味では「中枢」と呼ぶことのできる領域があります。この領域はそれ自体階層的に体制化されているわけではなくて、おそらくなんらかのかたちの「場理論」のほうが、中枢という古い考えかたよりもその理解に近づけると考えられます。

第Ⅷ章 一般的考察と結論

この本の上記二つの目的についてのまとめの章です。まず本能行動は経験による修正を蒙らない行動様式で欲求行動はそれとは逆と定義されています。本能行動に比べると、ローレンツの欲求行動の定義には曖昧なところが残ります。

ローレンツは知覚的ゲシュタルトを最高級の「認識機能」として位置付けています。ブルンスウィクとヘルムホルツの二人の心理学はどちらも平行論に立脚しており、ローレンツは両者の収斂により事実領域の拡大を目指していました。実際、ローレンツの本能行動論とゲシュタルト観は、両者を結ぶ先駆的試みとして評価することができます。

3.追記

大村によるとローレンツはフロイトの力動論をもとにして活動特殊エネルギー説を考えているとのことです。ただ、今となってはこのような個々の特殊エネルギーや特殊物質を想定しなくても、神経系と身体の協働における特殊体制化とかで説明できるようにも思えます。これに関してはローレンツの考え方を受け容れる必要はないですが、ローレンツを筆頭に動物行動学やゲシュタルト心理学が核心を突く議論を内包しているのを、この本はよく示してくれていると思います。

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多賀厳太郎『脳と身体の動的デザイン 運動・知覚の非線形力学と発達』書評と要約

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1.評価

評価:

この著作は人間の行動に関する心理学的知見を非線形科学で説明をつけようとする野心作です。ただまあ、納得のいかないところも多々あって、思考途中の段階で思想をまとめるところまではいってないということで、評価は普通の3です。20年前の著作でその後に新たな展開とかあればよかったのですが、この人の次の著作は出てなくて進まなかったみたいです。制御理論や生理学的な内容から心理学的な内容に移行すると理論が進展しなくなるというのは、この人に限らずよくある話です。

全体のまとまりはよくないですが、著作通しての流れはちゃんとあります。まず運動や行動に関するこれまでの生理学的な知見がまとめられて(第I章)、それを受けて身体と環境との相互作用による自己組織的な運動生成(第II章)、幼児の運動パターン生成(第III章)と、著者による考え方が続きます。第IV章は第III章と関連が深いですが、事例紹介と問題提起がメインです。第V章はこの本の簡単なまとめになっています。

2.章ごとのまとめ

章ごとにざっとどんなことが書いてあるかをまとめておきます。

Ⅰ章 運動と自己組織

第Ⅰ章は動物の運動に対するこれまでの考え方のまとめです。制御工学や非線形科学の分野でどう考えられてきたかがメインです。ウィーナー、ケルソー、シェーナーらによる、非線形な要素が全体として運動パターンを自己生成する考え方が紹介されています。それに続いて運動をどう実装したかが紹介されていて、フィードバック、フィードフォワード制御とその問題点である実際の身体の非線形性が考慮できていない点などが問題提起されています。Ⅰ章最後は運動の成立を生理学でどのように考えられているかが紹介されていて、ここで中枢パターン生成器(central pattern generator:CPG)による自己生成について説明されています。

Ⅱ章 歩行における脳と環境の強結合

自分を取り巻く多様な環境の中で、歩行とかの動作が適切に行えるのはどうやってか、という内容です。グローバルエントレインメント(大域的引き込み)と名付けられた、環境との相互作用で運動が自己組織化されるモデルがメインになっています。二足歩行モデルの計算機シミュレーションがなされていますが、あまり上手くいってない感じでした。モデルは非線形科学で考えられていて、アトラクターの安定性と歩行の成立の関係性などが考察されています。また二足歩行の力学的な問題設定もまとめられていて、非線形科学の考え方をどう接続するかも考えられています。最後、随意運動をどうモデルに組み込むかも考えられていて、実際の神経系よりも単純化されたモデルでのシミュレーション結果が示されています。あくまで「運動を引き起こす下行性の指令を含む機構をどう考えるか」という設定でのモデル化です。

Ⅲ章 身体の自由度問題と脳のバインディング問題

実際の身体運動のパターンがどのように生成されているか、いくつかのモデルと照らし合わせながら考察しよう、という内容です。新生児の歩行の観察などから、原始的な運動パターンがすでに成立していて、それが一度消失してから再びより洗練された形でパターンが現われる、という一般則が認められます。原始歩行におけるテーレンの考え方では、原始歩行が一見消えるように見えて実際には潜在していて、原始歩行は環境との相互作用の結果、自己組織化される、とのことです。著者は、生理学的機構での動的な自由度の凍結と解放によって、新たな生成パターンを説明しようとしています。

Ⅳ章 初期発達過程におけるU字型現象

Ⅲ章で示されたように運動パターンの発達はあるパターンが一度消失した後で変化して再び現れることが多く、一度消失した後で随意的な運動としてふたたび現れるものは、U字型の変化と呼ばれています。新生児にはジェネラルムーブメント(GM)と名付けられた全身による多様な運動が見られ、GMのダイナミクス(U字型発達)を非線形力学系で表すにはどうするか、という問題提起がされています。ただしこの問題に対する著者の解答が示されるわけではなくて、GMに関する具体的な実験結果が複数示されています。これらの結果を受けての著者の考えは、新生児の運動と感覚とはある種の統合が成立しているが、身体や外界の探索の過程で一度システムの再構築が行われる、というものです。

Ⅴ章 脳と身体のデザイン原理

ここまでの簡単なまとめです。

3.追記

内容で密度が濃いのは生理学、物理学的な第Ⅰ、第Ⅱ章の方で、心理学的な性質が強まる第Ⅲ章と第Ⅳ章は、知見の紹介という点ではよいのですが、思想の展開という点では目新しいものはあまりないように思われます。もちろん知見を提供してくれるだけでありがたいですけど。

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小林春美、佐々木正人編『新・子どもたちの言語獲得』書評と要約

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1.評価

評価:

小林春美、佐々木正人編著の子どもの言語獲得に関する心理学書です。自分は佐々木正人に釣られて読みました。佐々木正人担当は最終章で、知見を統合して新しい視界を拓くといったことにおいては、この章が一番でした。でもその基盤となる知見も重要で、第9章までで各担当著者が自分の研究に関連する知見をまとめてくれています。

著者多数なので、各章ごとに文体とかばらつきがどうしても生じてます。考え方に納得のいかない章とかもちらほら出てくるわけですが、そこは本の構成から仕方ないでしょう。ただ全般的に、実験結果から結論を強く言い過ぎじゃないかとは思ってて、そこら辺が減点対象で評価は普通の3にしてます。もちろん貴重な知見を提示してくれているので、それだけで読む価値はありました。

2.章ごとのまとめ

章ごとに、どのような内容が書かれているか、簡単にまとめておきます。

第1章 言語獲得理論の動き

言語の生得性について、これまでの理論について述べられています。言語に何かしらの生得性が関与していることはほとんどの人が共通して認めているそうです。現在争点になっているのは、(1)それは普遍文法か、それとも一般的な生物学的基盤に属する能力か、そして、(2)言語に関する生得的な能力は言語以外の能力とは独立しているか、です。一つの考え方は、生得的能力は、環境からの入力への注意を促す基盤的能力に限定され、実際のデータ入力の蓄積こそが言語の獲得に重要な役割を果たす、とするものです。一方、トマセロに代表される、子どもが獲得するのは、ことばと世界の単純なマップなどではなく、相手の意図や視点を推測、確認しながら意図や視点を共有しあう、といった考え方もあります。

第2章 音声の獲得

各言葉の音や音の分節の仕方をどうやって覚えるかについてです。まずは連続する音声の分節の獲得についてです。連続する音声からの音の分節の仕方はプロソディー(音韻)や統計情報をもとになされています。実験や観察の結果から、子どもは話者と直接やりとりをすることで、相手の話すことばに注意を引きつけられ、それによって学習が進むと考えられています。発話、発音に比べると認識能力の方が早い時期に発達するようで、単語の意味が獲得された後では音の認識にそれまでとの違いが生じているようですが、詳細は今後の研究結果を待つ必要があります。

第3章 身振りとことば

この章は身振りについてで、身振りがことばの発達や認知の発達とどのように関係するかという内容です。「直示的身振り」と「象徴的身振り」に区別され、詳しく記述されています。

子どもはことばを使う前から、指さしを使ってコミュニケーションをしはじめます。ことばを使用しはじめた後も、指さしや象徴的身振りは語彙の不足を補うものとして使用され続けます。二語発話が現れるようになると、ことばが表現形態として独立したものとなっていき、子どもの身振りも独立して、成人の身振りに近いものに変わっていきます。しかし子どもの身振りは大人のものとは違って、身振りの対象となる空間と身振りが行われる空間の区別がつけられていないという特徴があります。この違いは認知発達の度合いと関係していると考えられます。

第4章 語彙の獲得

子どもの言語の獲得に必要なものは何か、そしてどのように利用されて言葉が獲得されているかについてです。言葉が獲得される場は十分でないにもかかわらずそれぞれの言葉が獲得されるので、語彙獲得初期で使える原理があるのではないかと考えられています。前半はその原理である3つの制約について述べられています。

後半ではトマセロの考え方が紹介されており、子どもは大人の意図をその様子からかなり正確に読み取ってそこから言葉を獲得しているらしい、と考えられています。さらに実験結果より、子どもが言葉の獲得をするときに、自分の可能な動作とかと結びつけながら名付けを行っていることが示されています。

第5章 文法の獲得<1>

この章は動詞の獲得においてどんなルールが存在するかについてです。日本語動詞の後に続く語の獲得、動詞と修飾語の持つ一定の関係、それぞれの動詞の文法的使用法の獲得のされ方など、具体的な調査結果が述べられています。それらの結果から導き出された考え方は、概ね次のようなものです。動詞の獲得は各動詞ごとに始まり、複数の動詞がまとまって部分的な共通性が、さらに統合されて一般的なルールが獲得される。ただし制約となる規則があり、人間が持つ生得的な行動傾向が制約となる。言語に関する規則の回路の発生には、「教育的働きかけ」(これを「社会的」と呼ぶ)と「内的能力(働きかけ)」(遺伝や成熟)が影響する。

第6章 文法の獲得<2>

助詞の獲得についてで、助詞の獲得に関する研究は、助詞の獲得の原理と獲得過程についての二通りがあるのですが、前者はほとんどないらしく、この章では後者の研究をもとに助詞獲得の原理を考察することが目指されています。まず助詞の誤用の具体例が詳細に記述されています。続いて誤用の理由が考察されていて、「ヲ→ガ」の置換誤用、格助詞ノの付加誤用の二つが考察の対象となっています。最後、終助詞ネの獲得の事例から、終助詞ネの獲得はまず模倣的に使用し、大人の反応からその役割に気づいた結果、自分から使うようになっていくと考えられています。

第7章 養育放棄事例とことばの発達

言語を獲得するための臨界期があるという仮説があります。虐待により、言語環境を生後13年間奪われて成長したジニーの例から考察がはじまっています。ジニーの言語の初期回復は順調だったのですが、5年間の記録からはきわめて不完全な言語獲得となったことがわかります。ジニーには言語だけでなく生活習慣と関連するような大きな特徴がいくつか見られ、一見、言語獲得の臨界期を指示するように見えますが、彼の生育環境の追求は曖昧であり、その結論を導くのは早計と考えられています。

次に、当時満6歳と5歳のときに保護された姉(F)と弟(G)の観察事例をもとに考察されています。救出後、当初見られた著しい遅滞は解消され、日常的なコミュニケーションでは言語の問題はなくなりました。ただし二人とも文章を書くのが苦手であるという特徴があります。言語獲得において、施設環境の乏しさによる獲得機会の乏しさが要因の一つであり、一方で、対人的環境条件も重要と考えられています。二人ともIQテストでは低いスコアを出したのですが、日常的な課題ではそれをらくらくとこなすことができました。初期の言語環境の貧困が、言語とは別種の認知能力の発達を促し、言語的知能の不備が代償されている可能性があります。

第8章 障害児のことばの発達

障害児における言語発達と認知発達の関係についてです。トマセロの考え方が紹介されていて、彼は、他者を意図的存在として知覚、認知することが、言語を含めた文化学習に必須と考えていたそうです。実際に、言語獲得につまづきを持っている子どもは、ことばだけでなく非言語コミュニケーションでつまづいている場合が多いそうです。

言語発達と認知発達の関係について、カテゴリーわけされた遊びと言語発達の関係に関する実験が記述されています。この章での結論をまとめると、自閉症児において、他者を意図的存在として理解する社会的認知能力の欠陥が、言語の獲得の問題をもたらしている、というものです。

第9章 手話の獲得

手話の構造と獲得について述べられています。手話の構造については、写真による具体例の紹介がしてあります。手話の構造は音声言語と同様の複雑さで、やはり音声言語と同じように音韻論(音は使わないが音声言語の音韻論と同じ分析レベル)、形態論(語形変化)、統語論(文法)を考えることができるとのことです。

親から手話を学んだ事例の調査結果から、手話の獲得の様子は音声言語の獲得と同様の特徴が見られるそうです。両親が健聴者のときのろう児の言葉の獲得では、手話との接触時期が遅いほど、要素の組み合わせによる文法的な能力が低いという結果が得られているようです。ろう児が手話を学ぶ前に使うホーム・サインでは、どのろう児においてもその身振りに独自の構造らしきものが生まれており親には見られないことから自ら作り出したものと考えられます。言語的に乏しい入力環境下において、子ども自ら言語的な構造を作り出していると考えられています。

第10章 「ことばの獲得」を包囲していること

アフォーダンス概念を用いて子どもの言葉の獲得の場について考えられています。子供が言葉を獲得するとき、その周りは大人たちに配置された、多種多様な「意味」に囲まれています。人間は長い時代を経てそのような「意味」に囲まれた環境を作りだしてきました。子どもがことばを習得するとき、まわりにある意味とのかかわりあい方が重要です。養育者が行うのは、子供との間で循環する働きかけにより、周りの世界に注意を注ぐ人へと子供を仕立てることです。その子どもごとに個別の環境との接触があるので、まずその現場に根付いた「個性語」を獲得し、その個性語が変化・発達していきます。さらに文法の獲得において、まず個別の動詞ごとに語形変化が現れ、一般的な動詞の変形規則はその後に得られます。「文法」は特定の場面と緊密に結び付いて、個性的に誕生します。

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