少し複雑な漸化式

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1.等比数列を利用する方法

漸化式を解くために比較的よく使われるのが、等比数列の形に式変形して解く方法です。ここでは典型的な問題を二例紹介しておこうと思います。

1.1 「an+1=pan + q」の形の漸化式

一つ目が「an+1=pan + q」の形の漸化式です。「an+1=pan」なら公比pの等比数列ですが、右辺に定数項qがあるために、このままでは等比数列の公式が使えません。このタイプの漸化式は特性方程式と呼ばれる式x=px+qをといてx=αをもとめ、an+1-α=p(an-α)の形に変形して等比数列の公式を用いて解けることが分かっています。具体例で説明した方が早いので、一題解いてみます。a1=1、an+1=3an+2の漸化式を解くと次のようになります。

\begin{align} 特性方程式はx=3x+2よりx=-1\\ よって与式はa_{n+1} -(-1) = 3\{a_n-(-1)\}\\ a_{n+1}+1=3\{a_n+1\}\\ ここでb_n=a_n+1とおくとこの式は\\ b_{n+1}=3b_n\\ b_nは初項b_1=a_1+1=1+1=2、公比3の等差数列より\\ b_n=2\cdot3^{n-1}\\ b_n=a_n+1よりa_n+1=2\cdot3^{n-1}\\ 以上よりa_n=2\cdot3^{n-1}-1\\ \end{align}

このようにして上の漸化式を満たす数列anを求めることができます。

1.2 「an+1=pan + qn + r」の形の漸化式

次にもう少し複雑な「an+1=pan + qn + r」の形の漸化式を解いてみます。この解き方は数学一般でよく用いられる、式の形からこうできそうだからそう置いてみて係数比較して求める、という方法を用います。具体的な問題で説明することにします。a1=1、an+1=2an+3n-2の漸化式を解くとします。上で解いた漸化式とよく似ていて、式変形を工夫すれば等比数列にもっていけそうです。そのためには右辺の3nと-2の項をそれぞれ適切に分割して、左辺と右辺に分配すればよさそうです(図1)。

一つ目の漸化式だと右辺の定数項2を、3と-1に分け、-1を左辺に移項し、3をanの係数3で括ることで、等比数列の形にもっていってます。この漸化式も同じように分配してやれば、an+1+α(n+1)+β=2{an+αn+β}の形にできそうです。こう置いて解いていくと、下のようになります。

\begin{align} 与式をa_{n+1}+\alpha (n+1) +\beta = 2\{a_n+\alpha n +\beta\}と変形できると仮定すると\\ a_{n+1}+\alpha n + \alpha +\beta = 2a_n+ 2 \alpha n +2 \beta \\ a_{n+1}=2a_n + 2\alpha n – \alpha n + 2 \beta – \beta – \alpha \\ a_{n+1}=2a_n + \alpha n + \beta – \alpha \\ これはa_{n+1}=2a_n+3n-2と一致することより係数比較をして\\ \begin{cases} \alpha=3\\ \beta-\alpha=-2\\ \end{cases} \\ これを解いて\alpha=3, \beta=1より与式は\\ a_{n+1} + 3(n+1) + 1 = 2\{a_n + 3n +1\}\\ よってa_n+3n+1=(a_1+3\cdot1+1)2^{n-1}\\ a_n=(1+3+1)2^{n-1}-3n-1\\ =5\cdot2^{n-1}-3n-1\\ \end{align}

上で解いた例は漸化式の中では簡単な方です。もっと複雑な漸化式を解く必要のある方は、大学受験用の問題集等を参照してみてください。どの問題集でもたくさんのパターンの問題が載っていると思います。

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木田元『反哲学史』書評と要約

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1.評価

木田元『反哲学史』 評価:

おそらく日本で最も読みやすい哲学入門書である、木田元『反哲学史』の書評と要約です。古代から近代の哲学をその連続性に焦点を当てて、大胆にその歴史的経緯を要約してあります。書かれていることはかなり絞ってありますが、その内容自体は高度な哲学的思索を十分に含んでいます。そのため全体としては読みやすいけど部分的には難解なところもあったりします。とりあえず哲学がどういうものか覗いてみるには最適な本でしょう。私自身、哲学書を読み始めて早い段階でこの本を手に取らなければ、早々に挫折していたでしょう(今挫折中なんですが)。

2.各章ごとの要約

全11章構成で、下に章ごとの要約を上げておきます。

はじめに

一般に20世紀の哲学者は自分たちのおこなっている思想的営みを「哲学」と呼ぼうとしなくて、西洋哲学の「批判」や「解体」を目指す運動を「反哲学」の言葉で要約できそうです。西洋文化形成のイデオロギーであった哲学を日本で勉強することにはある種の奇妙さがあるのですが、「反哲学」の立場に立ってみれば、われわれも西洋人と同じ土俵でものを考えることができるのではないでしょうか。

第一章 ソクラテスと「哲学」の誕生

「哲学」という言葉のもとになった英語の「philosophy」は、ギリシア語のphilosophiaが語源で「知を愛すること」つまりは「愛知」という意味です。この言葉を使い始めたのがソクラテスで、このギリシア語としてみても不自然な抽象名詞は、彼が「ソフィスト」との論争の中で持ち出してきたものです。

第二章 アイロニーとしての哲学

ソクラテスが愛知者としてソフィストに問いかけてゆくその問答の仕方は、当時のアテナイ市民たちにより「エイローネイアー」と呼ばれており、これがアイロニーのもとになった言葉です。ソクラテスのアイロニーは、単なる「皮肉」というものではなく、得られた結論さえもさらに仮象として否定するといったふうに、そのアイロニカルな否定が無限に繰りかえされる、無限否定性というべきものです。

第三章 ソクラテス裁判

ソクラテスは現実政治の場においても無限否定性としてのアイロニーを貫こうとしました。ソクラテスが否定しようとした古いものとは、おそらく当時のギリシア人がものを考え、何かを行う際に、つねに暗黙の前提にしていた、存在者の全体を見るその見方だったと思われます。

第四章 ソクラテス以前の思想家たちの自然観

ソクラテス以前の思想家たちが使っていた「フュシス」という言葉は「運動する存在者そのものに内属しているその運動の原因、たとえば生命のようなもの」です。すべての自然運動のみならず、人間社会や国家(ポリス)、そして神々でさえもフュシスの原理に支配されていると考えられていました。このようにフュシス(自然)は生成、運動の原理のようなもので、ヘラクレイトスはその秩序をlogos(ロゴス)と呼んでいます。彼らフォアゾクラティカーの思索はフュシスとノモスの間にある厳しい緊張関係を含むのですが、ソフィストたちの間では失われてしまいます。ソフィストたちは、ノモスはフュシスからの逸脱であり、仮象にすぎない人間社会だけに眼を向けるという方法をとりました。ソクラテスがアイロニーという形で否定しようとしたのは、このような堕落したかたちで受け継がれていた自然(フュシス)的存在論だったと思われます。

第五章 プラトンのイデア論

イデア論は政治的、実践的な関心に強く動機づけられたものです。イデアもエイドスもだいたいは「形」を意味する言葉でした。プラトンは、イデアは永遠に不正不滅で、感覚的個物からなる現実世界を超えて、永遠に変わることのないイデアだけからなる世界を想定していたようです。

机を例にとると、職人が机を作るときに目に浮かぶ形のようなものがイデアです。プラトンの考え方からは、すべての個物はイデアから借りてこられた形相(エイドス)と一定の質料(材料)との合成物である、という彼の考え方が読み取れます。プラトンそのものではなくプラトンのイデア論をもとにした考え方においてですが、自然が単なる質料(ヒュレー)と考えられることになり、ここからいわゆる「物質的自然観」が成立することになります。そして存在の「本質存在(…デアル)」と「事実存在(…ガアル)」への分離と、事実存在に対する本質存在の優位が確立されることになりました。

第六章 アリストテレスの形而上学

アリストテレスの思索のねらいは、プラトンの思想を批判的に修正しながら継承することにあります。プラトンの制作的存在論はギリシア古来の自然(フュシス)的存在論と対立するものとみなされていました。アリストテレスはプラトンを批判的に摂取し、プラトンの「形相」と「質料」を修正して自然的存在者にも適用しうるものにすることで、制作的存在論と自然的存在論との間の調停を図ろうとしました。

アリストテレスは「質料-形相」という関係を「可能態-現実態」という図式に読み替えています。たとえば森の中の樹は材木になる可能性を含んでいて(可能態)、そこから切り出された木材は可能性を現実化されたある姿、現実態だと考えられます。彼には、すべての存在者はそのうちに潜在している可能性を次々に現実化してゆくいわば目的論的運動のうちにある、という考え方があり、その世界像は動的に変化していくかなり広い意味での生物主義的世界像です。

第七章 デカルトと近代哲学の創建

デカルトはガリレイらの考え方を受け継ぎ、近代の機械論的自然観を確立します。デカルトは方法的懐疑によって、身体から実在的に区別された純粋な精神としての私の存在を確信します。そして人間の理性は、「神の理性のミニチュア」であり、人間理性が生得的に持つ諸観念は、世界創造の設計図ともいうべき神の諸観念の部分的な写しのようなものと考えられています。このことから人間理性に生得的な観念と、世界を貫く理性法則とは神を媒介にして対応し合っていると考えられるので、数学的諸観念のように経験とは無関係な生得観念が、自然的対象にも適用しうる、そのように彼は考えています。

第八章 カントと近代哲学の展開

イギリス経験論は形而上学の行き過ぎを批判して経験主義の方向をとりました。彼らは生得的な何かを全部否定したわけではないですが、形而上学的概念としての理性においては生得性を否定し、結果整数の和のような数学的観念も蓋然的真理でしかないことになります。これに対し神的理性の媒介を拒否しながらもなお、数学や数学的自然科学の確実性、つまり我々の理性的認識と世界の数学的合理性の調和を保証しようとして、理性の自己批判を行ったのが、カントの『純粋理性批判』です。

カントによると人間理性には制限があり、人間が見ることのできるのは物のそれ自体の姿、つまり「物自体」(Ding an sich ディング・アン・ジッヒ)ではなく、制限を持つわれわれの認識を通してのわれわれへの現れ、つまり「現象」(Earsheinung エアシャイヌング)です。我々の世界認識(現象界)は、物自体に由来する材料(感覚)と、その材料を受け容れ整理するための我々の理性にそなわっている形式(制限でもある)とから成り立っています。物自体によって与えられる材料を受け容れる形式が「直観の形式」(空間や時間など)、そうやって受け容れた材料を整理するのが因果関係などの論理的思考形式、「純粋悟性概念」です。どちらの形式も先天的なもので、数学や理論物理学は「直観の形式と悟性のカテゴリーとの組み合わせによって生ずる現象界の形式的構造についての先天的認識の体系」ということになって、彼は数学および数学的自然科学(ニュートン物理学)の確実性を基礎づけることになります。

第九章 ヘーゲルと近代哲学の完成

シェリングやヘーゲルに代表される哲学が「ドイツ観念論」と呼ばれていて、人間理性をその有限性から脱却せしめよう、というのがドイツ観念論のねらいです。

ヘーゲルは労働を通して、精神が精神として生成していくと考えています。労働による主体からの働きかけで、対象は主体の思い通りに変わっていくわけではなく、対象からの働きかけにもよって、労働の主体の方もいっそう人間らしい人間に成長してゆきます。このように対象の統一の関係が破れてそこに矛盾対立が生じ、それが労働を通じてふたたび統一される、といったふうにして精神が真の精神へと生成してゆくその運動の論理が、ヘーゲルの「弁証法」(Dialektik ディアレクティーク)です。

弁証法的な働きかけが進むと、もはや外界に異他的な力として精神に対立するものもなくなり、精神がみることのできないものがまったくなくなるようなとき、精神は絶対の自由を獲得していわば「絶対精神」となり、歴史が完結することになります。

第十章 形而上学克服の試み

フランス革命後の反動という時代背景から理性主義への批判が高まり、それが後期シェリング、マルクス、ニーチェらの形而上学克服の試みの時代背景になっています。

シェリングは合理的な事物の本質存在は神に由来するが、非合理な事実存在は神よりももっと根源的な神の根底に由来すると考えています。その神の根底となるのは生成する自然のことです。そして彼のいう「人間的自由」というのは、いわゆる自由意志のようなものではなく、生きた自然が生動するその「生」が人間において現れてくる姿のことです。

マルクスはヘーゲルの『精神現象学』を批判的に摂取しています。現実の資本主義では労働者の労働からの疎外により、自然からも疎外されてしまったため、資本主義下での人間の労働により、自然が破壊され荒廃してゆくことになります。本来の労働の弁証法で得られる全面的な真理の立場が、マルクスによって「自然主義」とよばれています。人間も自然の一部なので、人間の労働による人間と自然の間の弁証法的成長も、自然の能動性の発露と考えることもできます。シェリングやマルクスには生きた自然という思考パターンがあり、彼らがなんらかの影響を受けたロマン主義にあった一つの思考パターンなのではないかと考えられます。

ニーチェはヨーロッパの哲学を本質的にはプラトン主義だとみなしており、肉体から分離された精神にのみ近づきうる超自然的原理を設定し、結果19世紀中葉のニヒリズムが生まれてきたと考えています。ニーチェは単なる素材に貶められてしまった自然を、「生きた自然」として復権することでこのニヒリズムを克服できると考えました。ニーチェの「力への意志」の哲学は、古代ギリシア時代の自然(フュシス)観、つまり自然を生きて生成するものと見る自然観を復権することで、形而上学的思考様式やそれと連動している物質的自然観を克服しようとするものです。

終章 十九世紀から二十世紀へ

十九世紀は18世紀末のフランス革命から1920年ごろの第一次大戦あたりまでをつなげて考えた方がわかりやすく、本当に十九世紀らしい期間は、1830年代から1870年代くらいまでです。この時代に別個に技術として発達したものが科学と密接に結びつくことによって、産業革命が可能になりました。またこの時期に力学を中心にして光学、熱力学、電磁気学、化学などを包摂する古典物理学の体系が完成され、「力学的自然観」が成立します。さらに十九世紀後半になると、自然科学の方法を模倣することによって、心理学・歴史学・社会学・言語学といった人間諸科学が実証科学として形成されることになりました。

一方で十九世紀も90年代に入ると、個別諸科学内から実証主義への反逆運動が起こってきます。二十世紀初頭の哲学思想は、こうした個別科学の領域での反実証主義的な方法論的改革の動きに連動しながら、紡がれていくことになります。

3.まとめ

今回ずいぶん長い要約になりました。全体を流れるのは古代ギリシアにあった生きた自然(フュシス)観に対し、プラトン、アリストテレスに共通するイデア論的な考え方が主流になり、デカルトからヘーゲルまでの近代哲学でも通底していた、ということでしょう。近代形而上学との結びつきの強い数量的自然科学が十九世紀になって猛威を奮いますが、その運動への対抗としてマルクスやニーチェの哲学が生まれ、二十世紀初頭の哲学は科学分野からの数量的自然科学への抵抗と連動することになる、というまとめ方ができそうです。

こういう哲学の歴史として、本一冊で流れが通底しているのは珍しいと思います。かなり読みやすい本ですので(理解できるとまではいわない)、哲学に興味のある人なら最初の一冊にどうでしょうか。

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感想(2件)

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書評と広告

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1.評価基準

書評を上げていくことにします。一つの本で一つのページで、評価と大まかな要約も上げておきます。それからその本の楽天アフィリエイト広告も貼っておきます。このページは書評トップページにして、評価順、著者名順のインデックスを作って、各書評へのリンクを貼ることにします。

評価は五段階の星表示です。評価は私の趣味を反映するので、必ずしもオススメ度ではないです。

  • 星4.5
    で素晴らしい。星5
    はたぶん出ないです。
  • 星4
    、星3.5
    でかなりのお気に入り。他の人にオススメしたくなります。
  • 星3
    、星2.5
    は不満はあるけど、読むに値する議論あり。
  • 星2
    は読みたければ止めはしない程度です。 星1.5
    は止めます。
  • 星1
    、星0.5
    はたぶん書評を書かないので出ないと思います。

2.評価順

3.著者五十音順

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漸化式

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1.漸化式

数列で連続する項の関係をもとに、一般項を求める操作を漸化式を解くといいます。例えばan+1=3an + 2(a1 = 1)のような数列の関係式が漸化式で、一般項を求めるとan=2・3n-1-1 です(この漸化式の解き方は次ページに示します)。ありとあらゆるタイプの漸化式があって大変難しいのですが、基本パターンとなるものが3種類あって、複雑なものもその3パターンになんとか帰着させて解くのが基本です。今回はその基本の3タイプについて、解き方を説明しようと思います。

2.等差数列の漸化式

最初のものが等差数列の漸化式で、an+1=an+dの形です。an+1-an=dの形に変形すると、一般的に二項の差がいつもdということなので、これは公差dの等差数列であることを意味しています。なので等差数列の公式を使ってanを求めます。例としてa1=2、an+1 = an +3の漸化式を解くと下のようになります。

\begin{align} a_n=a_1+(n-1)d\\ =2+(n-1)3\\ =3n-1 \end{align}

3.等比数列の漸化式

次が等比数列の漸化式で、an+1=ranの形です。ある項に特定のrをかけると次の項になるということなので、公比rの等比数列のことです。これも等比数列の公式を使って一般項を求めます。例としてa1=3、an+1=2anの漸化式を解くと下のようになります。

\begin{align} a_n=a_1r^{n-1}\\ =3\cdot2^{n-1} \end{align}

4.階差数列型の漸化式

最後が階差数列の形のものです。これは例を示した方がわかりやすいでしょう。例えばan+1-an=2n+1(a1=1)のようなタイプで、二項間の差がnを用いた式になっています。ちょっとわかりづらいですが、二項間の差が2n+1という規則性を持った形で表現されているので、階差数列とみなして一般項を求めることができます。解いてみると下のようになります。

\begin{align} n≧2以上のときa_n=a_1+\sum_{k=1}^{n-1} b_k \\ =1+\sum_{k=1}^{n-1}(2k+1) =1+2\sum_{k=1}^{n-1} k + \sum_{k=1}^{n-1} 1 \\ =1+2\cdot\frac{n(n-1)}{2}+n-1\\ =1+n(n-1)+n-1\\ =n^2\\ n=1を代入して1^2=1=a_1より、a_n=n^2\\ \end{align}

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階差数列

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1.階差数列

一見、規則性が見出せない数列でも、各項の間の差を取ってみると、その差の方に規則性が見られることがあります。その場合はその差の和を使ってもとの数列の一般項をもとめることができて、その差の数列を階差数列と呼びます。

先に階差数列を使用する場合の、もとの数式の一般項の式を書いておきます。

\begin{align} もとの数列が\{a_n\}、階差数列が\{b_n\}のとき、もとの数列の一般項a_nは\\ a_n = a_1 + \sum_{k=1}^{n-1} b_k (n≧2)\cdots① \end{align}

2.階差数列の一般項の求め方

具体例を使って式の意味を説明することにします。今、数列an = 1, 3, 7, 13, 21, 31, …だとして、この数列の一般項を求めたいとします。anの各項の差を取って新しい数列bnを作ると、bn = 2, 4, 6, 8, …という規則性を読みとることのできる数列ができあがります。初項a1=1にb1=2を足すと第2項a2=3になって、さらにb2=4を足すと第3項a3=7になることが読み取れます(図1)。

このことからもとの数列の第n項anは、a1にbnの各項を次々に足していって、bn-1項まで足すことで示すことができるのがわかります(①式)。bnは初項2、公差2の等差数列で、bn = 2nであることがすぐにわかります。数列bnの第n-1項までの和は等差数列の和の公式またはΣの計算を用いることで求められます。ここではΣを利用して次の計算で求めます。

\begin{align} \sum_{k=1}^{n-1} 2k = 2\cdot\frac{(n-1)\{(n-1)+1\}}{2}~~(n≧2)\\ =n(n-1)\\ \end{align}

そしてこの値を使うと、もとの数列anの一般項は下の式となります。

\begin{align} a_n = a_1 + \sum_{k=1}^{n-1} b_k (n≧2)\\ = 1 + \sum_{k=1}^{n-1} 2k\\ = 1 + n(n-1)\\ = n^2-n+1\\ n=1を代入して1^2-1+1=1=a_1より \cdots ②\\ a_n = n^2-n+1 \cdots ③ \end{align}

これで一般項anがもとまりました。得られた一般項はn≧2以上という条件のもとでの式なので、与えられているa1=1とこの式のa1が一致するか確認する必要があります。n=1を代入してa1=12-1+1=1となり、与えられたa1と一致するので(②)、n≧2の条件がとれて、an=n2-n+1がもとの数列の一般項です(③)。試しにn=6を代入すると、a6 = 62-6+1=31となり、最初に与えられた数列の第6項31と同じことが確認できます。階差数列は、規則性を読み取ることが難しい数列において、その一般項をもとめるための汎用性のある方法の一つです。よく利用されるので、何かしらの試験を受ける人は理解して利用できるようにしておくのがよいでしょう。

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