斎藤環/山登敬之『世界一やさしい精神科の本』書評と要約

1.評価

評価:3.0

ベテラン臨床精神科医である斎藤環と山登敬之による、精神病医療の解説書です。「世界一やさしい」とあるように、一般の人向けに書かれていて、とても読みやすいです。逆に言うと物足りなくもあって、評価は普通の3.0にしました。

章ごとに担当を決めて執筆されていますが、両著者の記述にあまり違いはなく違和感なく読めます。また、特に記述されてはいないのですが、この本は若い人を対象読者として設定してい書かれているみたいです。精神病の医学界での取り扱いや、精神病の実態は時代によって移り変わっていくようで、うつ病が若年化傾向にあったり発達障害が病名として新たに加わったり、そういった事情も若者向けに書かれた理由かもしれません。

2014年出版の本なので決して古い本ではないですが、オープンダイアローグについては書かれていなかったり、あとがきに書かれていることがすでに本編で書かれていることと食い違いが生じているなど、時代の流れ速さを感じさせてくれる本でもあります。経験豊富な臨床精神科医による実体験を元にした、具体的な症状と治療方法がわかりやすく説明されているので、精神病に少しでも興味があるなら、一読して損はないと思います。

2.章ごとのまとめ

各章に一つずつ、代表的な精神病についてまとめてあります。各章ごとに、こんな感じのことが書いてある、という感じでまとめておこうと思います。

第1章 みんなのように上手にできない -「発達障害について」 山登敬之

「発達障害」の定義から始まっていて、脳の発達の仕方が平均から大きくずれていて通常その歳でできることができない場合のことだそうです。発達障害では「上手にできない」のであってこれからも発達しないのではないことが述べられています。次に述べられているのは学習障害と知的障害についてで、さらにADHDと自閉症についての説明が続きます。発達障害は実際にはその人の個性であり、「障害」の言葉を使うのは、著者は本当は反対したいようですが、現時点ではサービスの利用などで、「障害」という手形がどうしても必要なようです。

第2章 人とつながってさえいれば – 「ひきこもり」にういて 斎藤環

「ひきこもり」を簡単にいうと「6ヶ月以上、社会と関わりがない」状態をいうそうです。きっかけは不登校であることが多いようです。不登校の子に対しては「どうしたら、この子が元気になってくれるか」を考えればよく、元気になるように「かまう」必要があるとのことです。まずは休養をとって「かまう」ことを続けて元気になれば、たいていは自分から学校にいってくれると述べられています。

ひきこもりが多いのは家族主義の強い国で、日本や韓国、イタリアやスペインなどで多いそうです。欧米ではひきこもりのかわりにホームレスになる割合が高いです。日本でもホームレスが増えつつあり、「非社会的」から「反社会的」へと変わると治安の悪化などに繋がる可能性も指摘されています。ひきこもり自体は病気ではないですが、ほとんどのひきこもりの人は抜け出そうと苦しんでいて、家族以外の人間関係を持つことが一番の治療法であるとのことです。

第3章 人づきあいが苦手なんです – 「対人恐怖/社交不安障害」について 斎藤環

前半が対人恐怖で、後半が社交不安障害です。日本や韓国で対人恐怖が多く、アメリカで社交不安障害が多く日韓で少ないといったデータがあるので、よく似ているけど異なる症状のようです。対人恐怖は「半知り」の人に対するもので、初対面でもよく知っているわけでもないので、自分のことをどう思っているか気になって仕方がない、ということみたいです。この人たちは他人にはあまり興味がなくて、他人を鏡にしているから他人そのものは見えていないとのことです。症状としては「被害妄想」、とくに自分が他人に嫌な思いをさせているのではないか、という「加害妄想」として出てくることがあるそうです。

もう一方、社交不安障害の方は人前で責められるといったことにものすごい恐怖を覚えたり、人前でしゃべろうとすると強い不安や緊張を感じ、ときには手足の震えやめまいや動悸といった身体の状態として出てきてしまう症状だそうです。アメリカでは人前で説明することなどがよく求められるので、社会の特性が関係しているのではないかと推測されています。

治療は薬を使うこともあるそうですが、大まかには、ものの見方を変える認知行動療法とエクスポージャー(暴露療法)の組み合わせでできているそうです。認知行動療法は、原因となっているいびつで不合理な思考のパターンを変えることで病気も改善するのではないか、という考え方に基づいているようです。また、社交不安障害の治療では「話し方教室」や「生活の発見会」などの民間の活動を利用する方法もあるそうです。

第4章 やめられない止まらない – 「摂食障害」について 山登敬之

摂食障害は圧倒的に女性に多い症状で、現代社会で女性がやせていて美しいことを求められることが要因として挙げられています。自身の体の変化へのとまどいや、女性として秀でた存在でいたい、といった心理が社会的要請とからまって起こるようです。

拒食症と過食症に見られる症状が列挙してあります。またある雑誌の一読者の投稿内容を元に、拒食症と過食症が関連し合いながら進行する様子が記されています。次のような進行をたどるようです。拒食症はダイエットから始まることが多く、ダイエット成功の達成感があるのですが、太るのが怖いという理由から歯止めが効かなくなり、低栄養状態が進めば精神、身体的に変化が生じます。本人は気づいてないことが多いので自力でなんとかするのは難しいですが、食べ物を口にするようになれば、自然と過食に傾きます。栄養状態が回復しても過食がなかなか収まらず、太る恐怖に負けて食べ吐きを繰返すようになれば過食症といえます。

次に拒食症の治療についてで、受診してくれたときには体が衰弱しているのが普通で、栄養状態がわるいときには入院して強制的に栄養をとってもらうことになるそうです。栄養状態に比較的余裕があるときは、カウンセリングで自分の気持ちに気づいてもらうことが大事で、さらに母親との間で葛藤を抱えていることも多いので、母親など「伝えるべき人」に自分の気持ちを伝えられるよう、手助けする必要があるとのことです。過食症もカウンセリングなどにより自分の気持ちに気づいてもらうのが重要なようです。

摂食障害はやめたいけどやめられないという「強迫性」の性質があり、依存症との類似も語られています。

第5章 自分がバラバラになっていく – 「解離」について 斎藤環

精神的ショックをやわらげる方法として「抑圧」と「解離」が示されています。抑圧は心の奥底に重しで押しとどめる方法で、乖離は壁で区切ってつらい記憶を隔離する方法です。

解離で軽い症状は現実感がわかない「離人症」、一番重いのが「多重人格」だそうです。次に重いのが健忘でいわゆる記憶喪失です。一般的・常識的な記憶である「意味記憶」は保たれていて、忘れられるのは個人の経験などのエピソード記憶の方です。健忘の理由として「つらい経験を忘れるために記憶を丸ごと消してしまったとも考えられる。」(p.107)。

多重人格における交代人格はそれぞれキャラ付けされているそうです。幼少期の性的虐待が要因として挙げられています。

多重人格の治療では、各人格を尊重して各人格ごとに同意を得る必要があるとのことです。そして各人格を消すのではなく統合するように協力してもらうことになります。

第6章 トラウマは心のどこにある? – 「PTSD」について 斎藤環

後遺症が残るような大きな心の傷がトラウマで、記憶が生々しいまま残り続けるそうです。トラウマを治すためには、幸せな記憶で上書きするのが一番よいみたいです。フラッシュバックのつらさを和らげるのにうつ病の薬も効くようですが、根本的な治療にはならないようです。

一番効き目がわかりやすい方法として、プロロングド・エクスポージャー(PE)が紹介されています。治療者の前でトラウマとなったつらい記憶を何度も詳細に語ってもらい、録音しておいたものを家で一人で何度も聞いてもらう、という方法です。つらい記憶を繰り返し再生してなじませていくと、不安の度合いが徐々に弱くなっていくそうです。圧倒的な体験に自分にとっての意味を与えて、全体像をイメージできるようにして、特別なものではなくすということのようです。

第7章 「困った人」とどうつきあう? – 「人格障害」について 斎藤環

そう簡単に変わらないものが人格であり、人格障害の治療は当然難しいものになります。日本で最も有名な人格障害は境界性人格障害(ボーダーライン)とのことです。ひとことでいうと「ものすごく不安定な人」で不安定であることが変わらない人です。生育の過程である種の空虚さを抱えてしまったことが要因として考えられています。

空虚さ自体は誰でも持ちうるものですが、境界性人格障害の特徴は、それをすべて人間関係だけで埋めようとするところだそうです。そして人の判断が両極端で、黒か白か、敵か味方かどちらか100%の判定のなかでしか生きられない、そういう人たちです。治療は成熟を促すことを目指します。

その他、投影性同一視(能動と受動が入れ替わる)、ボーダーライン作品(『ライ麦畑でつかまえて』、太宰治、『エヴァンゲリオン』)についても述べられています。

第8章 なぜか体が動かない – 「うつ病」について 山登敬之

うつ病はひとことでいうと「体が動かなくなる病気」とのことです。精神的な理由だったり、文字通り体が動かなくなったりします。かつては「メランコリー親和型うつ病」が多く、秩序を重んじる几帳面さと他人に非常に気を使う性格の人がなりやすかったそうです。何かの拍子に「秩序」を維持できなくなりどうしようもなくなったときに発症します。最近はそれとは別に「ディスチミア親和型うつ病」が増えていて、憂鬱症は軽いけどずっと調子が悪い、といった特徴が挙げられています。このタイプの増加は、ひきこもりと同様、社会の成熟で仕事をしなくて生きていける人が増えたことが要因の一つと考えられています。両タイプとも、ある種の性格の未成熟さが指摘されています。

治療法として薬物による治療が詳しく説明されています。ただし現在でも神経伝達物質の働きだけで病気の本態が説明できたわけではないそうです。薬以外では「認知行動療法」がよく行われているようです。

最後、躁病、両極性障害について説明されています。

第9章 意外に身近な心の病 – 「統合失調症」について 山登敬之

統合失調症の歴史的経緯から始まって、病名の変更や新しい病名の公募によせられた名前から、具体的な症状が紹介されています。病態として、脳の認知機能の障害で概ね意見は一致しており、遺伝や神経伝達物質がある程度関与することはわかっているが、原因はまだ明らかではないとのことです。

症状としては、世界が通常とはことなる異常なものとして認識される、そのためはたから見ても独特の緊張感が感じられるそうです。妄想や幻覚の「陽性症状」だけでなく、思考能力の低下や意欲の低下などの「陰性症状」もあるようです。

治療方法として薬物療法が挙げられています。最後に社会復帰の方法について説明されています。

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物理と数学が苦手な工学博士。
機械翻訳で博士号を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。でも物理と大学数学も入門を書く予定。いつの日か。

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