大澤真幸編著『憲法9条とわれらが日本』書評と要約

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大澤真幸による対談集で、初版は2016年の6月なのでちょっと古いです。でも2026年現在、憲法改正の発議が現実味を帯びてきてるので、タイムリーな話題の本でもあります。大澤真幸は昔から対談をよくやってますが、この本では3人の思想家と個別に対談を行ってそれをもとに大澤真幸の考えが別の章で述べられているという、珍しい構成になってます。

大澤は結構聞き上手で、この本でも聞き手に徹してる感があります。3つの対談に共通する部分として、大澤の質問に直接答えてないことが多いという問題点が挙げられます。正直なことを言うとなんか鼻持ちならないというか、読後感はよろしくないです。特に第三章の対談相手の井上達夫は人を見下す態度が不快でした。言ってることはまあもっともなんですよ。でもその正しさが人を動かすような力を持たないというか、左翼に対してよく言われる正しさの押し付けがこの人にはぴったり当てはまると思います。まあ「人の振り見て我が振り直せ」をその身を挺して教えてくれたということにしときましょう。

最後の大澤の結論は、大澤の著書を読んだことのある人なら、この人ならこう言うだろうなという内容です。自分は賛成します。そういう人間は間違いなく少数派でしょうけど。下に各章ごとに簡単にまとめておくので、興味が出てきた人は著書を手に取って読んでみてください。

2.章ごとのまとめ

章ごとにざっと、こんな内容が対談で言われている、という感じでまとめてみようと思います。

第一章 「脱亜入欧」から「脱米入亜」へ 中島岳志×大澤真幸

中島氏の考えは、将来的には自衛隊の存在を憲法九条に明記し、自衛隊が暴走しないように縛りをかける、というものです。九条を盾にアメリカの要請を断るといったことが可能だったが、九条は合憲というのは一種の解釈改憲であり、解釈改憲で集団的自衛権も認められてしまう状態を引き起こし、この流れに歯止めをかけるために改憲が必要だ、という考えがもとにあるようです。理想と現実の対話が必要で、絶対平和主義は憲法前文に書き入れて(理想)、九条には自衛隊を明記して縛りをかける(現実)というのが、改憲の全体像として述べられています。また集団的自衛権については、憲法改正で可能とすることもできるが、アメリカへの従属が強い現在の状況では危険であり、日本の主権が担保されてからでないと集団的自衛権には踏み込めないとも述べられています。

憲法改正の話とは別に、「保守主義」を中心としたもう一つの話の流れがあります。まず保守の定義は、守るべきもののために少しずつものごとを変えていく、というものです。保守主義が成立するには「絶対者」と「死者」が必要で、このため日本では成立しにくいとのことです。保守主義としては戦前から戦後の間の連続性を回復する必要があります。戦後の憲法解釈は明治憲法の解釈からの積み重ねがあり、憲法改正もその延長線上で議論されなければならないことが述べられています。日本の主権の回復には脱米入亜が必要で、多元的であるがゆえに一元的であるといった、メタレベルの「アジア」としてアジアが定義できるのではないかと提案されています。

第二章 「明後日」のことまで考える 加藤典洋×大澤真幸

加藤氏の考え方は、自衛隊を国連待機軍と国土防衛軍の二つにわける、核保有を自由化して三カ国への核の傘の提供を義務付ける、憲法に米軍基地の撤廃条項を入れて撤廃をせまる、というものです。

自衛隊を二つに分ける理由として、アメリカからの自立のためにそのよりどころを国連とする、国連軍に世界警察軍的な役割を与え世界で理念を共有するという点が主に語られています。当然、今の国連では信頼できないので、国連改革に日本が乗り出す必要があります。

次の核についての話は、核抑止論やNPTが破綻しかねない状態なので、その状態を踏まえての現段階での方法であり、目標は核廃絶のようです。核を自由化すると核を持つことの利益がなくなるので、現在の核保有国の抵抗をなくして核廃絶につなげられるのではないか、という考え方みたいです。

憲法に記載しての米軍基地の撤廃は、フィリピンで実際に成功した方法とのことです。大澤から、日本はフィリピンほどアメリカからの独立を望んでいなくて、沖縄に基地が集中することに本土の人たちは無関心であり、そのことが障害にならないかと問われています。残念ながら加藤氏からの明確な答えはなかったです。

その他、原爆投下に対するイスクラ体験が、日本の方に起こらなかったこと、日本から原爆投下の責任追及が起こらないことの批判などが述べられています。

第三章 我ら愚者の民主主義 井上達夫×大澤真幸

今日の観点からすると、絶対平和主義と消極的正戦論(自衛正戦論)の二つの考え方が可能です。この二つのうち、国家が採り得るのは消極的正戦論だというのが井上氏の考えとのことです。この考え方を取る場合、自分たちで国を守るという考え方から、原則として徴兵制でなければならず、絶対平和主義と同じくらい厳しい、ならば絶対平和主義を取らない理由は何か、というのが大澤による問いです。民主的立法過程で国防のための軍隊も放棄する、という過程自体は否定していないが、現実的に可能なのは消極的正戦論だ、という感じで応答されています。

また改憲派と護憲派の欺瞞が述べられています。改憲派の方は、農地改革を押しつけられたのにそちらは押しつけられたとはいわない、つまり都合のいいときにだけ押しつけ論を使う、主体性を回復しないといけないと言いながら、対米従属構造を強化するために改憲を主張する、これまでも改憲は可能だったのに国民が望んでいないからそもそも押しつけなどとはいえない、といったものです。護憲派については、米軍の侵略行為に加担しているので日本は平和国家とは言えない、九条のおかげで侵略されずにすんだというのは単純に事実と異なる、自衛隊を戦力でないと言うのはすでに解釈改憲である、といったものです。

井上氏は九条を削除してそのときどきの安全保障環境を見極めながら、民主的な手続きにそって決めていくという考え方をとっているそうです。九条削除はむしろ戦力統制規範を憲法に書き込むためとのことです。

その他、正義概念についての議論や自衛隊員の実情などが述べられています。重要な議論で示唆に富む内容だとは思いますが、話の流れにあまり関与していない気がするのでここでは飛ばしてます。

第四章 「こうしよう」と言える日本 大澤真幸

大澤の考え方を簡単にまとめると次のようになります。「絶対平和主義(ガンジー主義)をとり、九条に積極的中立主義(対立する両陣営に非軍事的に支援する)を第三項として記述する、また国連に紛争解決のための独特の方式を提案し、国連改革に貢献する。」

侵略に対しては非暴力不服従を貫くことで、支配のコストが上がって手を引かざるを得ない状況にできると考えられています。また徴兵制と日米同盟については、概ね加藤氏の考え方が引き継がれています。

次に傍観的平和主義について語られていて、この考え方が一般化してしまうと、支配的な状態を作った人が得をし、力の支配や暴力を誘引してしまう問題が指摘されています。そこから傍観的平和主義と親和性の高いコミュニタリアンと多文化主義の対立の話に移り、その根源にある正義概念の不能の問題に議論が移っていきます。そこでロールズの『正義論』で語られる「無知のヴェール」が参照され、「このアイディアの核は、何も悪いことをしていないのに、他の人にとってそれが有利だからという理由で一部の人が犠牲になることは避けられるべきだ」(p.223)とされています。

無知のヴェールを適用すれば沖縄の基地問題等も解決可能に思えますが、この考え方の問題点として「ソフィーの選択」が挙げられています。ソフィーの選択では悪い選択しかできずその選択により罪のない犠牲者が生まれてしまいます。この状況は正義概念の限界、人間理性の限界といえます。しかし普遍的正義を救うことの可能性がここにあります。我々が共同体Xの一員であるとき、実際にはXを取らざるを得なかったのであり、ソフィーの選択と同様の形式になっています。キリスト教の原罪に類比可能な苦渋の選択をしているのであり、そこに生じる罪の意識、後ろめたさ、そのような消極的な形でしか普遍的な正義は成立しないのではないかと考えられています。

以上の議論を踏まえて絶対平和主義と国連への紛争解決方法の提案が説明されます。まず安全保障理事会の理事国は非常任のみとします。そして紛争解決の手段ですが、設定として、対立するAとBの国があってAがX、BがYを主張しているとします。このとき、国連の安全保障理事会において中立の仲介者MとNを介してそれぞれの意見を表明させます。AはMになぜXでなければならないか説明し説得しなければならず、この過程でXが必然ではなくYも可能であることを自覚することになります。Bにおいても同様です。最終的な理事会での結論の出し方はいくつかありますがそこは重要ではありません。媒介者への説得の過程ですでにAのXへの固着、BのYへの固着が開放されているからです。こうすることで自分の本来の主張と異なる主張を受け入れる準備ができることになる、と考えられています。

最後、質疑応答がありますが省略します。

3.追記

上の要約、一番短い第四章が一番長いですね。第三章までを踏まえての提案なので密度が濃いというのもありますが、自分が共感するのはやはり大澤の考え方なので、重要と思えるところを要約した結果、第四章が長くなりました。安全保障理事会での紛争解決方法はラカンの考え方をもとにしているらしく、最近の話題ではオープンダイアローグを連想します。オープンダイアローグもラカンを参照していたはずで、何かしら通底するものがあるのでしょう。オープンダイアローグが少しずつ市民権を得てきているし、自分は大澤の案に可能性を感じるんですが、実現しないだろうなとも思ってます。

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物理と数学が苦手な工学博士。
機械翻訳で博士号を取ったので一応人工知能研究者。研究過程で蒐集した知識をまとめていきます。紹介するのはたぶんほとんど文系分野。でも物理と大学数学も入門を書く予定。いつの日か。

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